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2024年9月18日水曜日

孫No2の高校最後の試合

 孫No2の星太の私の勝手な呼び名はお星さま。妹明里(孫No4)の私流内心の呼び名はお里ちゃん。つまり長女の二人の孫たちには父親がセミプロ的山登り愛好家であることに起因して宇宙大地の広大なイメージが捧げられている。それに応えるかのように星太は小学5年の時に百名さんを踏破、当然ながら妹もその三分の一ぐらいは登っている。その彼ははや高三となり、部活では初めてのグラホと通称されているグランドホッケー、つまりフィールドホッケー部で三年頑張り続けた。先般、東京チームに加わって山梨で開催された関東大会に出場。一回戦では勝ったものの、二回戦で強豪栃木県の地元今市チームに負けた。良い経験を得たようだった。

9月14,15日

今回は西東京の最期の試合だったらしく、優勝決定戦で早稲田に1対3で負けた。その前日の準決勝戦を応援するため、日光からわざわざ前日に町田まで出かけ、娘の所に一泊。娘夫婦、お婿さんの父親も一緒に4人でわざわざ駒場第一競技場へ。車だから行けた。敬老の日の前日の15日だった。婿の父親も持病があり、92歳という高齢にもかかわらず、もともと体育会系の人の血が騒ぎ、酷暑を覚悟での決行であった。

10時に家を出て、1時間後に到着。11時半スタート。本来ならお赤飯をいただいてゆっくり、敬老の日を過ごすところが、若い父兄に交じって、ワイワイ賑やかに応援する様は珍しかったかも。その効果ありで、何と15対0という前代未聞の大差で圧勝。相手チーム(学芸大附属)には申し訳なかったがスポーツは結果を出さなくてはならない宿命にある。応援の成果を得て、その日の夕方に日光に戻った。(夫は別用で東京に)

私も実年齢から言えば孫達のイベントに出かけて行くのもそろそろ終盤にさしかかる頃だが、まだまだそれを実感しないでいる。まだ来春中学生に上がる三人の孫と5年生になる孫がいる。更に、次女の所には来年は小2年生になる里子ちゃんがいる。みんな社会人になるまで一緒に喜怒哀楽をシェアしたいもの。

(注)今回の東京行きは私の落ち度から奇異な旅となったことが忘れられない。いろいろハプニングが続いて、失敗が失敗を呼び、結果、無事、落ち着くところの落ち着いたが、もう、二度と経験はしたくない。クワバラクワバラ!

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