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2026年8月14日金曜日

8月8日 Blue Nostalgia in Nikko

 

こへまること、大野紘平さん自ら初めて企画した地域活性のための大イベント、Blue Nostalgia in Nikkoに夫と日光清風塾の友人達と参加。結果は大成功。途中で大雨に見舞われ、後半の部分は屋内に移動するはめになったが、それが又逆効果があったと思いたい。日光市民病院の裏手山斜面にTorchというキャンプ場が会場。野外のイベントとして、出店、体験学習、グルメクッキングカーもアレンジされた。驚いたのは地元がこの場所を知らないこと

集客の相当の苦労があり、私達も清風塾会員たちにも周知。ただ、この日は、あちこちで花火大会や、終戦記念として祈りのコンサートなどの他のイベントと重なったことから人数的には予想まで達しなかったが、来場者の満足度は最高であった。とにかく、Blue Nostalgiaのスタッフとアーチスト達、大野紘平(ピアノ&シンガー)、前田健志(尺八&シンガー)、高松亜衣(バイオリン)、山岳戦士オクニッコーマン(ベース、パーカッション)、flute arisa(フルート)の熱情とエネルギーが100%以上の効果で迫りまくり、会場にはち切れんばかりの渦が巻いた。葉加瀬太郎の情熱太陽がそのまんまバンドに乗り移った感があった。そこに、日光清風塾合唱隊の指導者、ソプラノ歌手の石井真由美先生とのコラボが入り、これが、盛り上がりの絶頂を作り上げた。来場者に配布されたBlue Nostalgiaの ネーミングの入ったリストバンドを以後、自分を鼓舞してくれるエネルギー源として嵌めっぱなしで着用している。私のこれからの計算では短い人生を長く活力のある楽しいものにしてくれそうである。

そして、新しい貴重な出会いもあった。オランダで小和田大使ご夫妻とお知り合いになったという日本画の大家、北条正庸(まさつね)ご夫妻である。


このご夫妻とはこの日から5日後、再度日光での別のコンサートで偶然再会。お話が楽しくて、夫が急に帰路我が家にお寄り

いただきたいと提案。快く応じて下さって、結局9時頃まで御食事を共にし、話が楽しく続いた。




2026年8月1日

 2026年8月1日

前日は多摩泊⇒五反田に向かう。唯一の従姉弟(叔父の長男。次男は数年前に逝去)眞一(往年78歳)さんの葬儀に参列するため。突然の訃報に驚き、生前には叔父叔母が健在の頃、調布の家でお会いしたもので、叔父が10年近く前に亡くなった時葬儀場で会ったのが最後。叔母はコロナの時に亡くなり、葬儀は密葬で参列出来なかった。繋がりは強いものの、縁は薄かった。しかし、唯一の従姉弟なので、東京界隈に住む、次兄の子どもたちに声をかけて彼等も参列の運びに。

淋しい気持ちを抱えながら葬儀場に向かったものの、今回は珍道中となり、淋しさを味わうどころか、それが吹き飛ぶような顛末になったことを記録しておこう。

五反田でJRから東急に乗り換えて一駅目だと事前に生花を手配した花屋からのインフォメーションを確認しないまま行動したのが事の始まり。五反田の駅のトイレで、汗びっしょりになりながら、平服を喪服に着替え、靴もヒールのものに履き替えた。そして電車に飛び乗った。😥ところが一駅目の駅の名前が違う!「不動前」ではない。考える間もなく、飛び降りた。そして駅員に尋ねたらそんな駅はこの路線には無いと。一瞬パニックに。目的地に行く方法を駅員が検索。駅前から渋谷行きのバスが出ているから、そのバス路線に『不動前』があることが判明。あわてて炎天下のバス停へ。バスはすぐ来た!神様は手を差し伸べてくれた、が、そのバス停で降りてからが大変。道行く人に訊いてもはっきりしない。タクシーは今どき捕まえられない。スマホでGO タクシーを呼ぶシステム。それも面倒。アナログ人間丸出しで、根気よく、キャリーバッグをごろごろ道連れに、出会う人ごとに尋ねながら、それでも、何とか目的地にたどり着いた。予定より30分遅れたので葬儀は既に始まっている時間。

ここからが落語の世界に突入。葬儀場はお寺というより、近代的建築のマンション風。各階に部屋が仕切られている。結婚式場の如く、~部屋、~部屋、と部屋が並んでいる。会葬案内のFaxを取り出してチェック。『雲』と書かれている。1階の目の前にその名はあった。スタッフに案内されて唯一空いていた一番前の席に。お経は真っ最中であった。汗びっしょりのまま着席して安堵した。そして、やおら、祭壇を観たら、ご遺影が別人! 自分を疑った。えっ? 自分の目は間違っていないと確信して、すぐ又立ち上がって頭を低くして部屋を出た。何食わぬ顔を装いながら。出て、確認したら、『雲』には、1と2があった。目的地は隣であった。中に入れなくて部屋の外の参列者たちの中に、甥、姪たち3人が心配そうに私を待っていてくれた。ヤーレヤレ!! 顛末を話すにもお経真っ最中の静けさの中では笑えない。こらえてこらえお経が終わって成り行きを話したら、みんな口を閉じてお腹を抱えて!!

ともあれ、無事に喪主ともご挨拶出来本当に安堵した。用があって甥は会葬の後すぐに帰って行ったが、姪たちと最後までお食事も一緒に出来て今日の珍道中をしっかり理解してくれた。彼女達とは頻繁に連絡を取り合う中なので、厳粛なお葬式を一緒シェアし、珍道中には笑いながらも同情し、半時間くらいヒールを履いて炎天下を歩き回ったことを労り、無事に参列出来た事を喜んでくれた。帰路は、彼女達の車で浅草まで送ってくれて本当に助かった。

1人になった駅でも珍事が。切符を買った窓口に彼女達から貰ったお土産と会葬のお返しの品を入れた紙袋を置き忘れたことに発車時間10分前に気づくという失敗劇をやったこと。これもしっかり保管されていたので無事取り戻すことが出来た。終わり良ければ全て良し。

2026年7月29日水曜日

7月26日(日)令和8年度総会及び第137回講話会

 7月26日(日)令和8年度総会及び第137回講話会;「急に具合が悪くなる」

今回の総会は会員の層に新しい風が入ってきたことから、例年にならって準備された総会資料に基づき恙なく進行されたものの雰囲気が何か刷新されたものに感じた。インターミッションでは1年前に立ち上げた合唱隊の出番を作り、8名(男性4、女性4)が真由美先生の指揮の下、『オーシャンゼリゼ』をフランス語のフレイズを交えて発表。2曲目は『青い山脈』を全員で。当合唱の正体というか目指すところ(国際色のある歌をレ
パートリーに)、音楽健康法指導士でもある先生のユーモアのあるトークのお陰で15分のエンターテイメントが達成出来た。

さて、講話会の方は素晴らしいものとなった。今の話題作となってい【急に具合が悪くなる】を取り上げたことが大成功。映画を実際見た後の感想は既に前回のブログに書いているが、今回はこの講話会のために今朝読み上げた二人の女性の往復書簡集が頭から離れない。もしかしたら、この書簡集について5分でプレゼンをするはめになりそうだったことから、前日になって読み始めたものの、速読というわけにはいかない本となった。映画はhumanitudeがキーワード(人間らしい介護技法)となっているがこの映画の原点とされる2人の女性学者先生の【急に具合が悪くなる】往復書簡集(晶文社)は「人生いかに生きるか、いかに死に立ち向かうか」という重くて深いテーマのやりとり。2人の深い洞察、思考のやりとりに圧倒された。哲学者の宮野真生子博士(がん患者で医師から、急に具合が悪くなるかも知れない、と宣告されたことがこの書簡集のスタートなっていて文化人類学者の磯野真穂との往復書簡10便だが実に胸を打つ内容。2人は知り合って9カ月弱。この書簡は最後の2カ月間のもの。ハイデッガーの言う【死はいつか来る しかし今ではない】がまさに【死は今ここにきている】という段階で2019年4月27日にスタートし、【癌をいかに捉えるか】と【癌をかかえて生きる事の不確定性リスクの問題】を磯野さんと専門的に深めて見ようとという学問的野心から宮野さんが提案している。最後に見える風景がその先の始まりに充ちた世界の広がりになっていることを祈りながら。宮野さんの最後のメッセージは【「何て世界は素晴らしいのだろう。」と私はその「始まり」を前にして愛おしさを感じます。これが、いま私が辿り着いた結論です。】2019年7月1日。実際に宮野さんが亡くなったのはこの数日後である。偶然にも私達がこの映画を見たのが2026年7月5日。7年前の出来事。磯野さんの言い出したラインもキーワード。出発点から目的地にラインを引き、そこを徒歩で進む。ライン上でいろいろな偶然、景色と出会い新しい未来の世界に向かい、新しい世界を紡ぐ。新しい始まりとなり遠い未来に繋がる。そこには怖さを乗り越えた希望があり、祈りがある。

書簡集では介護の話は議論されていない。映画では人間的な寄り添う介護。人間の尊厳性は最後まで大事にする介護の技法がテーマになっているが、その先には書簡集から見える人生の生き方、いかに死に立ち向かうかという深い思想が見え、考えさせられるものである。

会場からはいろいろなコメントが出た。humanitudeは実は日本にも導入されつつあり、研究されてきているという。実際に認知症の親を介護した経験も。現場と人間の尊厳云々は頭でわかっていても実に難しい問題であること。肉親であるからこそ葛藤も大きい。講話会の後で、フランスからhumanitudeを実践する専門家の経験、日本での指導の様子などが撮られた動画が発信されてきた。今日のテーマを取り上げて大成功だったと思う。

2026年7月24日金曜日

7月13日(月)我が家にも「急に具合が悪くなる」が訪れた!

 7月13日(月)Bad happeningのスタートとなった日。

当日は合唱の練習をこなし、午後は歯科医院でのアポ。暑い気候の中、移動するだけでも不快感がある時、悪夢は夜中にスタートした。いつものように、夕飯前に夫は暗くなりつつある庭へ出て行く。森を一巡し、手を加えて育てている木々や草花の姿を確認する。勿論暑くてもヘルメットを着用して。そして家に戻ると汗をびっしょりかいているので最近は入浴を先に済ませる。この日も先に入浴を済ませ、ゆっくり体を休め温めて冷房のきいたダイニングで夕食を取る。いつものルーティンで食後はしばしテレビ観戦。

6月12日から始まったFIFA2026のおかげで、我が家は活気づき、一つ一つの試合をライブで観戦するようにしているため、すこぶる睡眠不足というか、体のリズムが普通ではない。でも、あのエキサイト感は貴重であり、我々の望むところである。侍ブルーは対オランダ戦(1-1)から始まり、チュニジア(4-0)戦、スエーデン(1-1)戦と戦い抜いた。F組で1位通過を果たし、トーナメント一回戦はブラジルに当たった。先制点を獲得しておきながら、守りの姿勢が強くて結局ブラジルの反撃に合い、(1-2)で惜敗。侍ブルーの応援は終わったがその後の各試合は殆どライブで観戦し、途中まではノルウェーを応援。「ロゥー」の集団応援で一躍人気となり、ストライカーのハーランドが大人気となる。7月20日のアルゼンチンとスペインの決勝戦は見事というしかない。サッカーの醍醐味を十分味わうことが出来た。スペインの19歳のヤマルの名前は覚えておこう。

このFIFAが終盤に入った13日(月)の夜、我が家に突然不運が襲った。当日のFIFAのハイライトを見終えて、ベッドに入って間もなく、夫が苦しみ始めたのである。「痛い!痛い!」の連発。実はこの日の夕方、毎日日課として林の中を歩いていた時、何かの拍子に転倒してお尻を石にぶっつけたのだそう。右側臀部が見る見るはれ上がってきていた。寝る態勢もとれず、どうしてよいか成すすべがなかった。救急車を呼ぶべきかどうか迷ったが、打撲なら明日病院に行くしかないとの思いで、朝まで我慢することに。最初に駆け込んだI病院は整形外科医が不在ということで、O整形外科病院へ。外来で待ち、1時間半ぐらい待ってやっとレントゲンを撮った結果、骨折は無さそうとの診断でホッとしたものの、痛みが何とも苦しそう。とにかく痛み止めの薬を処方して貰って帰宅。

しばらく我慢の数日が経って4日後の金曜日、またもや悲劇が襲った。痛みが一寸緩和されてきたことをいいことにまともや夫は庭に出て、庭のチェックをしようとしたところ、今度は蜂に刺されてしまったのである。ショックで一瞬気を失ったと本人は言っているが、後ろに転んで今度は背中を強打。呼吸に支障が出るほどの強打だとしたら肋骨が心配。夕刻だったこともあり、すぐ、ホームドクターの所へ。蜂刺されの対処で肩に注射をされた。でも背中の強打は専門外なので整形外科へということで徳治良にあるK整形外科病院へ。レントゲンを撮った所見は骨折は見られないということであったが、痛みがある以上、多少ヒビが入っているかもと。コルセットで安静にするしかない。泣き面に蜂とは正にこのことである。

臀部の骨折が確かに無いかどうか、I病院でMRIを撮り、本日(23日)整形外科医の診断を受けた。骨折は無いようだとのことでこのまま安静に時が経つのを待つしかない様子。右臀部から足の下まで、内出血で紫色に脚全体が変色している。恐ろしいほど痛々しい。1~2カ月はかかりそう。感染しないことが最優先。介護の勉強が必要になりそう。

2026年7月15日水曜日

2026 年7月11日(土)童謡誕生110年 童謡の日コンサート in かぬま

 鹿沼ケーブルテレビホール 鹿沼市民文化センター大ホールにて童謡の日コンサートが開催された。正に、多くの団体と個人アスリートが参加した大がかりのコンサート。指揮者・音楽監督はカンマコールの指導者である下司愉宇起先生/うた 稲村なおこ 音楽と健康の普及に尽力、うたのお姉さんとしてNHKでも活躍された日本子守唱協会理事/うた 高曲伸和先生/童謡の日コンサート管弦楽団(コンサートミストレスが西条八十氏
のお孫さん奥村琳さんなど約40名 ピアノはカンマコール伴奏者安部 葵さん。)そして鹿沼童謡の会「わらべっ子」/つのはず合唱団/宇都宮童謡こころのうた教室/渋谷区シニアクラブゆうきの会/女性合唱団岡本カンマコール/女性合唱団日光カンマコール と合唱団だけでも総勢約140名の大世帯で編成されたコンサートは圧巻であった。

私達カンマコール(岡本+日光)は源田俊一郎氏編曲の「ふる

さとの四季」Four seasons in My Hometown を歌ったが町田からわざわざ来てくれた長女の朝子によると素晴しい編曲であり、合唱も素晴らしかったと大手を振って褒めてくれた。宇都宮から聞きに来て下さった友人Hさんも最高のパフォーマンスだったと感動のコメントをいただいた。あちらからもこちらからも最高でした、との感想が。私自身も今までにない感動を実感してウルルと来た感がある。全曲暗唱というのはかなり難関
であったが柔軟にメンバー各自対応出来た様子。やはり経験からくる度胸かも。それに、笑顔が保てたという評価も。

何よりもここまで全力投球で指導して下さった下司先生の尽力の賜物というしかない。

2026年7月8日水曜日

7月5日(日)「国宝」以来、凄い日仏合作映画に遭遇「急に具合が悪くなる」

 7月5日 梅雨時の雨模様の中、夫の友人からの勧めで「急に具合が悪くなる」という一寸変わったタイトルの映画を見た。5時50分~9時10分、3時間半の映画。越中島グループの啓子さんからラインでこの映画のことは知っていた。浜口竜介監督による映画で、この浜口氏は啓子さんの友人の家族であり、二人の女性主人公が揃ってカンヌ映画祭で主演賞を獲得したこと。浜口監督と言えば、作品を出すたびに賞を獲得している人。タイトルから、さほどシリアスなものでは無いと思っていたところが、哲学的でリアルな問題で、知性と人間の尊厳を思慮する知性を持ち合わせた二人の女性の会話が静かに、鋭く、深く体のどこかに突き刺さるように時間が流れ、長時間の鑑賞もあっという間に終わった感がした。

キーワードはユマニチュード。フランス発祥のケア技法。単なる介護技術を超えて「人間を人間として扱う事」が根本になり、人と人が魂を通わせ合うコミュニケーションの象徴としている。尊厳の回復と意志疎通の象徴。ユマニチュードの基本要素は四つ。「見る」「話す」「触れる」「立つ」。相手を管理、統制するのではない。尊厳を持った一人の人間として認めるための実践として描かれている。

効率、利益優先の資本主義への闘いともなる。冷徹な社会構造に対する抵抗が見られる。ヴィルジニー・エフィラ(仏人女優)演じるマリー=ルーは介護施設でユマニチュードの理想を導入しようと奮闘する医療人類学者。だが人手不足やコスト、目先の効率性を求める資本主義的な仕組みの壁にぶつかる。がん闘病の哲学者であり舞台演出家の真理と偶然出会ったことが、自分自身と人生にどう向き合っていくのかという深い思索に入り込み、この二人の女性の対話の広がりが圧巻である。真理が急に具合が悪くなることを告白したことがマリーを揺さぶることに。

「ケアする側」と「ケアされる側」の双方向性にキーはある。よりよくケアすることによりケアする側の尊厳も保たれるという哲学に深い共鳴がある。依存し、頼り合うことで初めて「人と人の繋がり、関連性」が生まれるというケアの双方向性の解釈が核となっている。

作中でのユマニチュードは、認知症ケアの枠組みを飛び越えて、私達が他者と共に生き、一人の人間として関係を結んでいくための倫理や姿勢として深く解釈される。

因みに、真理を演じた岡田多緒さんの演技は余り無いがその語り口には魅せられた。落ち着いて、説得力があり、フランス語も上手。体からのエネルギーは無に等しいが丁寧で知的な会話にはバイタリティーが感じられる。長い長方形の俎板のようなイメージで人間臭さが無いが秘めた人間の知性と能力を感じる。

もう一度見たい映画である。

2026年7月3日金曜日

6月30日白樺会

 一年半振りに開催された白樺会(1990年代からノルウェーに在住した夫人の集まり)に出席。当日はFIFAのトーナメントがスタートして日本はその初戦にブラジルと対戦。未明の放映をやはりライブをとの意気込みで感染。実に素晴らしい戦であった。惜敗もいいところ。前半で先制点を獲得した日本は、ひょっとしてひょっと!という気持ちも持てた。が、ブラジルの勢いに負けてしまった。残念至極であった。

朦朧とした気分で東京へ。今回の白樺会は大岡さんと細野さんが幹事。丁寧なご案内のおかげで、見つかりにくい会場もすぐわかった。「Acqua Pazza」(狂った水、暴れる水という意)という名の知れた日高シェフのお店。外苑前駅から徒歩2分。郵便局手前のパサージュを入って突き当り。そもそも20人以上でスタートしたらしいこの会も今回は9名が参加。高齢化の波がここにも。大企業、商社関係の方々が主で大使館関係は澤井夫
人と私のみ。少人数なので親しく話が出来た。遅く入会した私だが、どうも最年長の匂いがした。商社関係の方々はまだお子さん達が学齢期にあって相当若かったようなので、年齢的にはまだ若い。中には、社交ダンス、テニスを続けている方もおられた。私はそれでもゴルフをやっているので(というより毎回成績アップを目指して頑張っている)話が弾む。それぞれ子育てに悪戦苦闘し、今や親の介護でい忙しいという方もいて、大変な部分もありながら、立派に今日があるという印象。在外勤務経験者は心身ともに強いとつくづく思う。