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2026年4月15日水曜日

3月3日 生成AIセミナーにズームで参加

 生成AIセミナーに無料で参加できるというので思い切って参加してみた。2時間半の講義であったが、結論から言うと目から鱗であった。

4月続き

 4月9日(木) たのしみ会

「楽しみ会」別名傘寿前後の月一のゴルフプレイヤーの集い(ハンディー戦)に参加。5回目。初回はコンペ対象にならず様子見プレイ。二回目の1月は夫婦で最高のハンディ36を頂いてようやく一メンバーとしてスタート。夫がネット63で準優勝。私はネット71で8位。2月は夫は欠席で私がネットで64で準優勝。3月はハンディーが29となりネットが65でブチ切り優勝。そのお陰で4月はハンディーが20になってネットが70で5位。でもグロスで90は2位(1位は84) 我ながら立派だと自信が就く。それにしても、後期高齢者もいいところ、最高齢は94歳だという。私のプレイメイトも90、88、78、だから凄いこと。大変励まされる楽しいゴルフとなっているニューセントラルCCは宇都宮氏も田原町にある山岳コース。桜がまだ綺麗であった。






4月14日(火)

41同期夫人会の集い 於いて 東京ミッドタウン・ガレリア テラスガーデン3F

毎年歳を重ねるので当然のことながら、だんだん参加者の数が減っている。来年は参加出来るだろうかおの思いがある。

今年は都心のあか抜けた、いかにもセレブんあ雰囲気の東京ミッドタウンのガレリア・テラスガーデン3Fの和食店に集合。日光からゆっくりローカルに乗って出かけた。窓の外はいかにも春。陽気な気分でいたが、六本木に着いたとたんに右左がわからなくなりそうに。ただ、目と耳と足が達者であればどこだって行ける。進行方向への順路もしっかり提示されているので迷うことは無い。まっすぐ目的地に到着。

回数を重ねるごとに、皆忌憚なくおしゃべりが始まる。既に補聴器使用者が2人居て驚いた。喋りたいことをどんどん話す人と、今でも、控えめに聞き役に回る人も健在。私は中間かな。近況の話、最近の話題、でも余りプライベイトなことは慎重にした方が賢明。面白い、楽しいお話はどんどん活発に。終戦後に生まれた人ばかりなので(1人だけ19年生まれ)スマホはいじくっているものの、フル活用には至っていない人が殆ど。挑戦意欲を失わないよう、というか、意欲が薄れないようにすることだけは意識したい。

3時頃解散して、ひろ子さんに連絡を取り、彼女の新しい住まいにお邪魔することに。前のマンションの近くで賃貸の手頃なワンルームマンションを見つけて、そこで余生を送る決心をされたばかり。ご主人の不運には大ショックを受けながらも、今年に入って理想の施設を探しあてられ、今は穏やかに読書の毎日でらっしゃるとのこと。彼女の新しい住まいには最小限にした思い出の品々が大切に傍に置いてある。御母堂から引き継がれたと言う100年以上経っている藤の鉢植え(大盆栽)は迫力を宿し、力になっている様子。人生は生きたもの。現状を冷静に理解し把握し、いかに生き生きと生きて行くか。こころの拠り所があってこそ力のある生き方が出来るのだろう。彼女からそれを学ぶような気がする。笑顔と心遣いが基本にある。





時間は待った無しに刻んで行く

 気が付いたら既に4月、しかも丁度今日は真ん中の15日。前半の2週間をまとめて要約することに。

4月4日 数日前にテレビの泥池クリーン作戦劇を釘付けで見た夫の願望で牛久のその現場に向かったものの、お天気が悪化気味。上三川でUターンして、今度は私がかねがね気になっていた馬頭広重美術館に向かうことに。結果は大正解でした。

あの世界の建築家、隈研吾氏のデビュー作となる当美術館は昨年25周年でリニューアル。再開館して特別展をやっていた。広重53次全部の版画絵が見事に展示されていた。51次の水口がかんぴょうの名産地だったとは。栃木県は日本一のかんぴょうの産地。絵の中のかんぴょうは竿に緩く巻いて干してあり、働く農民の動きが生き生きとしている。版画絵全部そうだが、人物の動きが巧みに、温かみを持って描写されている。特筆すべきは雨の表現。斜線の濃淡、太さ細さで雨の表情が変わる。印象派のモネは日本に来ずして、浮世絵から多くを学んだと言われているが、雨の表現もその一つだという。今世界中に行き渡っている日本のアニメの描写特技の原点は浮世絵なのかもしれない。見事というしかない。絵が好きな孫を是非連れて来たい。






4月8日(水)お釈迦様生誕の日 花まつり

偶然にも花祭りに命中するかのように、好天気という理由で牛久行きを決行。大正解なり。

8時半頃出発して3時間後に牛久に到着。高速不使用に設定していたことを忘れて、上三川から北関東高速に乗ると出口ごとに出口へ誘導され、そのまま無視してつくば、牛久出口で出た。後でわかったかが、つくば方面に行くときはNo294を使うのが良いとのこと。高速は結局高い高速料金を払って大回りして行くのだそう。経験です。

牛久には神谷ワイナリーの存在が大きいことを知らされた。幕末から明治の近代化に伴い、日本の酒からワインに注目し、まさに先見の明ありで神谷傅兵衛という人が起業し、渋沢栄一と同じで、いろいろなビジネスの種を蒔き、鉄道が開通する時期にワイナリー醸造を手掛けて大成功をしたところ。大敷地にブドウが栽培され(今は違う所らしく、跡しか見られなかった)実際に稼働し、ショップも充実している。桜のピークは少し過ぎていたが、それでも見応えがまだあり、次は藤が又人を呼びよせることだろう。

それで、目的の泥沼の現場というのはまさにこの神谷ワイナリーの敷地内にあり、来場者はみんな、あのテレビ番組を観てやってきていたよう。私は前のドロドロ状態をみていないので、何とも言えないが、大きな鯉が泳ぎ回っている。夫は庭づくりの参考にしたくてきたようだが、はて、何かヒントはえられたのだろうか。

いくつもの巨大醸造樽を見、神谷氏の辿った歴史博物館を見学。当時の政治家、財界の人達文化人との交流もあり、歴史に名を残す人物であることを知った。フレンチレストランにも寄って昼食を取ったが、残念ながらワインは運転があるので飲めず。ショップで、ワインを購入。

ワイナリーを後にして気になっていた牛久阿弥陀大仏像を見学に。これは凄かった。見事というか、圧巻というか、雲一つない素晴らしい天気の下、大仏様とその周辺に植えられた芝桜の迫り来る大迫力に大感動。阿弥陀大仏の手のひらにあの奈良の東大寺の大仏様が乗っかる大きさだという。高さ120m。胎内には入らなかったが高いビルに登るような感じだろう。その大きさから世界一の仏像と言われている。

帰路も高速に乗ってしまたったが、次回は294で来ることにしよう。往復6時間、私が運転した。むしろ、I enjoyed driving back and forth for such a long distance under a beautiful summer-like weather. 






2026年3月25日水曜日

3月は予期に反して忙しい月となった。

 March turned out to be rather hectic this year.

Mondays are all occupied by either choir practice in the croup or personal golf. Except Fridays for my EECC , Tuesdays, Wednesdays, Thursdays  are to be free  so as to be  flexibly adjusted according to irregular happenings or meetings. 

今月はユネスコ協会の環境調査モニタリング作業や理事会、月例楽しみ会(G)、の他にスキー初すべりの為に東大の一年生が来訪して翌日は夫とスキーへ、更に毎年恒例のNY会参加の為に麻布十番まで夫と出かけて来た。O大使ご夫妻時代に国連代表部に勤務していた人達の集まりだが、平成3年~10年の間でO大使の下で勤務した経験者の集いとなっている。我々はH5年~H8年に着任しているので既に30年余りが経過している。99%がOBになっているので今回も集まると加齢と健康の話が主になる。体調を崩したり、どこか怪我をしたりの身ながら、それぞれ、残りの人生を豊かなもにとの高貴な思いを持ちながら励んでいる様子が伺えて、元気が貰える会合となる。何よりもコアのO大使ご夫妻が病気や大手術を乗り越えられて未だに海外にも講演などで出向いておられることに大きな励みと勇気をいただいている。

高貴と言えば、夫と同期のMr.Otsukaの活動を思い出す。年齢が80歳以上、最高齢は90というメンバーで結成されたバンド、その名も「高貴幸麗者バンド」が国立中心に活動を続けているというお話。テレビ出演を実際に見て、驚嘆した。年末にはサントリーホールでの公演が決まっている由。音楽の力は相当だと改めて思う。我々の子どもたちが音楽を愛する人間になっていることに改めて勇気をづけられる。今週末(28日)に娘達(次女がボーカル、長女がピアノ)が中心になって市川で初ライブをやる。大変楽しみにしているところである。

先日イギリスのマスコット、「パディントン」の話をある民放で偶然見た。現鈴木宏イギリス大使ご夫妻がかならずこのマスコットを抱えて、素晴らしい笑顔であちこち訪問されているという。形式高き外交の世界で、庶民的に温かい振る舞いで英国民に接しておられる様子を拝見して、庶民外交的ながら、真にその土地の人々と仲良く交流される姿に思わず拍手喝采であった。それ以来、「パディントン」ベアに注目するようになった。イギリスの大宣伝となる。

今月は一つ力を貰ったことが。楽しみかいゴルフコンペでぶっちぎり優勝を果たしたこと。新参者で高いハンディーをいただいていたお陰。しかも高齢者のグループなので男性はゴールドから、女性はピンクティーからというのもある。それでもグロスで94、ネットで65だから私としては上出来であった。次回はハンディーを下げられるので優勝は不可能となるだろう。まだ、足腰が健在なのが何よりありがたい。でも頑張り続けたい。

2026年3月11日水曜日

ミラノ・コルティナ冬季オリンピックは感動の連続

2月は冬季オリンピックが最高に楽しめた。

 2月8日に奥日光で昨年同様、在京ノルウェー大使母子のご参加を得て、日光清風塾が主催したクロカン大会の事は既に記録済み。丁度冬季オリンピック開催中にぶつけてのイベント企画としてグッドタイミングであった。そのオリンピックで日本は若者が大活躍をした。スノウボード スロープスタイル、ビッグエア、ハーフパイプ、モーグル、という大怪我と背中合わせの競技で4個の金メダルをはじめ、多くの銀、銅メダルを獲得。その後フィギュアスケートのペアで三浦璃来、木原龍一組が日本人として初めての金を獲得した。彼等のパフォーマンスは例を見ない涙の逆転劇であったことが感動を呼んだ。ショートで5位と出遅れたのを彼女が涙に消沈した彼を励まし、見事にフリーで復活、大逆転、しかも有史最高の得点を取得しての最高の金メダルに輝いたのである。最後まで諦めないという精神力の勝利をこれほど見事に証明してくれた演技に世界中が絶賛した。忘れられないオリンピックとなった。

1月22日に痛めた右脇腹の治療に地元の病院に行ったものの、夫の勧めもあり、推薦状を作成して貰って2月17日に虎ノ門まで出かけた。しかし、ここでもはっきり原因がつかめず(加齢によるとの診断)それでもしっかり検査を要求。3月31日にMRIを撮ることに。・・痛みは殆ど無くなってきているのでキャンセルを考えているところ。


2026年2月11日水曜日

ノルウェー大使参加クロスカントリー大会(2026)

 2月8日(日)

昨年から企画準備してきた『ノルウェー大使参加クロスカントリー大会』は実は昨年2月に続いて2回目。昨年の教訓から、早めに大使館、商工会議所と連絡しながら準備を進めてきたが、結果的には、ノルウェー人の参加者は大使と大使の令嬢二人のみとなった。ただ、県に働きかけたおかげで今回は栃木県スキー連盟の協賛を得ることは出来、内容が充実したものになった。東京からの参加者に加えて、当日ホテルで出会った人達の参加があったこともあり、昨年より多く参加者(競技参加者は25人、応援家族、事務方が11名)を得ることが出来た。

前日までは雪不足の天気で本当に競技が出来るだろうかという心配があった。雨乞いならぬ、雪乞いをし、神様、仏様、に拝んだ甲斐があり、前日の夜から本当に雪が降り始めた。当日の朝は雪かきをするほどに。実に恵みの天候に一転。ますは、最初の関門を通過した思いだった。だが、雪道となったいろは坂が第二の関門。のろのろ運転で、神経を使ったがこれもうまく行った。前日にキーボード、賞品など、荷物を運んでおいてことは実に正解であった。

イグルム大使とエミリーには一年振りで再会。明るく、親しみのある大使には本当にありがたく、ハグを重ねていよいよイベントのスタートとなった。私は腰の不具合もあって競技には参加せず、事務方に専念。今回は衆議院の選挙と重なって、頼りにしていた仲間が参加出来ず、事務局長とピアノ伴奏をして下さる福田さんと私の3人が受付やら、会場の準備やら、大忙しであった。スケジュールに沿ってプログラムが運ぶよう神経を使いながら時計とにらめっこ。更に、市長の来訪時間が競技終了前の15分となって、うまく大使との出会いが行くかが心配だった。しかし、何でも、やってみるもの。不可能だと懸念したことも神は味方になってくれる。市長とのコミュニケーションの時間も何とか取れて、ギフト贈呈の写真撮りも出来て、やれやれであった。メディア関係は選挙戦と重なって現場には来れなかったが、こちらで記録を取って送ることが出来た。後日、カバーしてくれることを願っている。

競技の方は、栃木県スキー連盟の方々のおかげで、内容あるものとなり、競技会にふさわしい賞品の贈呈も出来た。上級とビギナーのコースに分けて、それぞれ賞にふさわしい競技者を選んでもらって、表彰式も形になり、その後の親睦昼食会へと流れていった。予定通り、事務う局長にMCをやって頂き、それを助けて松尾副理事長の慣れた会場の進め方には感謝するしかない。私にはとても出来ない部分を支えて貰って何とかプログラムを全う出来た。

何と言っても、大使のお人柄のおかげで、表彰式、昼食会は楽しい雰囲気の中で進行し、参加者もどんどん大使の所に寄ってきて、コミュニケーションを図り、写真撮影をし、会場は大いに盛り上がった。参加賞に三本松茶屋からのオリジナル黒ビールを用意したことは大正解であった。鶴巻さんに感謝です。スキー学校校長であり、スキー連盟の副会長である小林さんの存在も大きかった。こういった人脈を得て企画に努力した夫には頭を下げるしかない。

次から次といろいいろなアイディアを出す夫にネガティブに対応する私との間の衝突は必ずある。今までずっとその繰り返しであるが、終わってみるとやって良かったというのが私の思いであり、降参したわが身の姿である。年齢を重ねる中で、この状態がいつまで続くかいささか自信が持てないのが正直なところである。

とにかく、今回も終わり良ければ全て良しとなった。サポートして下さった方々に感謝致します。





2026年1月30日金曜日

1月27日(火)麗しの越中島レイディーズ

 1月27日(火)

寒くなった矢先、今日は幸運にも日中は小春日のようなお天気に恵まれた。久しぶりに越中島三羽ウグイスが湯島天神に集った。体調を崩していた才子さんが元気復活したというので、啓子さんの発案でならばお喋りをしようということに。健康祈願をと神田明神を選び、近場のレストラン選びから、湯島天神の梅を愛でに行く計画が立てられた。

日中はこの寒い日々では信じがたいほど小春日和の天気に恵まれ、十分時間んを取りながらの境内散策が出来た。湯島天満宮ではますます知恵がつくように祈り、神田明神では健康祈願を徹底的に祈った。才子さんは特に健康志向が強かったよう。神田明神では「あかり」と名付けられた神馬が飼育されている。今日は運悪くお出かけのようで姿は無かったが、前日に下見をしていた啓子さんが、ばっちり写真を撮って下さっていたので、それを孫No4の明里に送ってあげた。何かいいことがありますように。

そんなわけで、都心の二つの神社にお参りして近場の食事処で和食を楽しみ、その後御茶ノ水JR駅まで散策。文京区のど真ん中にあって教育機関がわんさとあることを改めて知った。医科歯科大学、合併した東京科学大学があり、順天堂大学あり、元東京大学もあった。湯島聖堂の敷地がそれらを飲み込んでいる。なるほど、明治の文化人達はここから続出したのだろう。旧岩崎邸庭園もある。北千住から近い。千代田線一本で来れる所。いつか又来てみよう。啓子さんはボランティアガイドをしていて、この界隈に詳しいのがありがたかった。