2023年3月31日金曜日
3月31日’23
2023年3月31日 Last day of March,20023
3月29日 ライトキューブ宇都宮にて、日本英語交流連盟ESUJ(English Speaking Union, Japan)主催によるParliamentary Debate Experienceなるものが開催された。夫と外務省同期の沼田大使が会長であることから、宇都宮での開催なら、何か手伝えるのでは、ということで、下野新聞、とちぎテレビ、教育委員会から後援をとりつけた。当日は私も興味があったので、セミナーに参加してみたが、凄いディーべイトで驚いた。日本語も早口だが、英語も早くて、とても流れに乗れなかった。政府側と野党側に夫々2人づつ席について、直前に言い渡された議題題モーションを殆ど即興で夫々時間内に主張、反論、するもの。政府サイドに2人の日本人男性(社会人)、野党サイドにイギリス本国から来日したベテランの女性certified comentorsが座し、タイマーでマネッジされて議論が続く。今回提供されたモーションは動物園存続の是非。政府側は存続に反対、動物園は廃止すべきという立場を取り、オポーネント側は廃止に反対するもの。これは、小さい時から訓練しないと、とてもこのような議論は出来ない。相手の主張を良く聞き、自分の意見を述べる。相手を尊重しながら、自分の意見を説得させるように述べる技術は、練習を積まないと出来るものではない。特に、日本人は話すマインドが弱いため、日本語であってもしっかり話すことは出来ない。traininngあってこその世界だと思った。スキルを向上させるために日々、努力してこそ成果が得られるのだろう。宇都宮高校が全国的にレベルが高い由で、今回もこの実体験セミナーを宇都宮で開催したという流れだったと聞いたが、肝心の宇高の生徒は残念ながら来ていなかった。真岡女子高校から3人の女子学生が参加していた。参加者数が予想に達しなかったことは残念だったが、総評では内容の濃いものだったよう。夫も最後に挨拶の中でコメントしていたが、相手の主張をレスペクトして聞いて、自分の意見を述べ、納得のいく議論をする為のスキルの向上が目的。今の小中高学生は主義があって主張が出来るように、訓練指導が求められるのではないだろうか。
3月30日 吉野舞起子ESUJ事務局長(現早稲田大学で講師として指導)とcomentorsの1人Ameena Khan Sullivanを日光駅でお迎えし、奥日光と山内を案内することに。9:28到着のJRで宇都宮から来晃。真っすぐ、奥日光へ。途中、明智平でケーブルカーに乗り、中禅寺湖の全貌を眺める。華厳の滝は意外に小さく見えた。その後イタリア、イギリス大使館別荘記念公園へ。シーズンオフで閉館だったが、外観を眺め、静かな中禅寺湖を眺め、奥日光の外国人パイオニア、アーネスト・サトウの心情に迫る。オフシーズンだからこそのメリットを十分得ることに。つまり、観光客は誰も入ってきていなくて、我々だけの中禅寺湖界隈の静けさ、美しさが満ちた世界を堪能。彼女達も大変喜んでいた。ヒルはリッツ・カールトンの下にあるMapleレストランへ。客もほどほどにいて、中禅寺湖をすぐ目の前にしての食事はなかなか良かった。食事のメニューも全員異なるものをオーダーして、それぞれ美味しくいただけて大満足。そのご、ゆっくり車を走らせていろは坂を下山。三内へ。彼等を入口まで送り届けて、私は駐車場探し。結局、コンビニの駐車場で休憩。約2時間後に彼らに合流。そして、我が家に案内。素朴な、ワイルドな広い我が家の庭を堪能していただく。その後、ホームメードのスイーツ(アップルケーキ)とクッキーでティータイム。夫が最後の目標と位置付けている、東南、東アジアの若い学生たちの交流の場を設立したい夢を語る。吉野先生は身を乗り出してポジティブな反応。何とか実現出来る方向に動かないものか。学生達が賛同し、熱い思いを持って、アクションを取って欲しいと願う。
写真がお化けに。
2023年3月25日土曜日
3月は行事が一杯。記録まとめ
ばたばた続きでブログが置き去りに。忘れないうちにまとめておこう。
毎週金曜日のEECC活動は継続中。
1日(水) 上智大に留学して以来3年(?)になるが、ずっと見守ってきた唐ムナさんが二度目の挑戦で見事に東大大学院に合格した旨の知らせを受ける。落とされるときはどこもとことん落とされて、受かる時はどこも制覇するということを実証。受験期間の体調も勿論だが、ナニクソという挑戦意欲が彼女をより積極的に立ち向かわせ、アカデミックの世界での人脈作りを大事に構築したことなどが影響するのだろう。ムナさん、本当におめでとう。入学式は4月12日、武道館で。父兄代理で夫と式典に参加することに。
2日(木) 秋のHC目掛けて我が家でプチ混声合唱団を結成。その第一回目がスタート。男性2人、女性6人。先生は武蔵野音大出身の若い美しい絵理子先生。昨日(23日)二回目があったが、とにかく、メンバーさん皆が心通う同志で、笑いが一杯で、楽しい。先生が推薦の歌も、素晴らしいものばかり。「この海のむこうへ」「小さな空」「ハナミズキ」と3曲まで練習が進む。
4日(土)MIS(Multilateral Interaction with students)のメンバー学生8人が東京から我が家に一泊二日で来訪。東南アジアの学生達とインターネットで議論。我が家は学生8人を収容(❣)女性3人と男性5人に分けて二部屋で何とか。当初は1人はattic(屋根裏)でと用意していたが、結果的に5人全員が4枚の布団で寝たよう。枕の投げ合いはやらなかたようだが、まだ青春真っ只中の学生達である。翌日は全員スキーに出かけ、帰路は、日帰り温泉につかって、満足して帰京していった。それをアレンジし、付き合う夫も80を超えたとは思えないほどの力を出している。私は、もっぱら、彼らの胃袋と生活環境担当官でありながら、話の中にも入って楽しませて貰った。ジジババと大人になった孫のような彼等との隔たりはそんなに大きく感じられないのが正直な感想。
6日は孫No.2の誕生日。(始動が遅れて2日後にお祝いのメッセージ+□を郵送。)この日の夕刻7時にデンマークからのジョニーを連れて毎日Xmasの松尾さんが来訪。彼とはコロナ前に会って以来。近況報告。MISの学生達とのプロジェクトから夫と白熱した議論に。彼の思想と英語力が余りに鋭くて(まさに鋭いという印象)日本の学生の話力、英語力の弱さを痛感。
7日(火)松江から1月に亡くなった兄の嫁が上京して彼等の子供達3人の所を巡回していたので、順子ちゃんのアレンンジで、丸の内ビル5Fのベトナムフレンチ「カサブランカシルク」にて会食を決行。奈美お姉さんは予想以上に元気そうで、いつもの調子だったのでホットした。ただ、腰の調子が良くなくて、杖がわりに小さなショッピングカートを押しながら歩いていたのが痛々しかった。朝子、康子もジョインして、そのうち、昼休みを利用して長男の剛君も加わり、本当に久しぶりで従姉弟たちもこの機会に会えて喜んでいた。約1か月、子供達の所に滞在して松江に帰って行く。それからが淋し日々となると思うと、いろいろ考えさせられる。亡き母のように、最期まで一人で頑張るか、子供たちの誰かのところに一緒に入り込むか、一生最後の大決断に迫られる時が必ず来る筈である。愛猫ミーちゃんのような最後が理想かも知れない。(彼女の自分史については、嬉しいプレゼントが待っている)
8日コロナの為、遠のいていた日光ユネスコ協会の活動タスクの一つ、環境汚染モニタリングを久しぶりで実施。この日は、前日に設置したカプセルの回収作業。鈴木事務局長と初めてのルートを担当。広範囲のため、車での移動となった。
9日は疲れを癒すために週一のゴルフを決行。夫と二人でやることが多い中、実力が拮抗して、お互い、良いライバルとなって真剣に、でも、楽しんでいる。体に少々故障があってもこれだけはやり続けたい。今では贅沢な趣味ではなく、健康的、かつ、経済的なものに。グリーンフィーが何といっても手頃である。スルーであれば3~4000円。日光のゴルフ環境には感謝している。
10日日光市のボラフェス(ボランティアフェスティバル)がコロナの終焉を目の前に、3年振りで開催され、日光清風塾も参加。その搬入に事務局長と立ち会った。パネルに展示物をを貼るのみだったが、支援センター活動の一つでもあり、参加して良かったと思う。当日は行けなかったので写真は撮れなかったが、後で、後の会報用に、センターの方から1枚シェアさせていただいた。
12日(日)今春宇大の大学院を首席で卒業して都内に就職が決まった中国学生石君来訪。一泊して夫とスキーへ。このところ、毎週末夫はスキーに出かけている。怪我をしないことを祈るのみである。
14日(火)東京が全国に先駆けて開花宣言を。驚きである。西の方より先に東京が開花宣言するのは歴史的なこと。気象異常に改めて注目。
15日(水)一年前にいただいた話で、私が出版した「猫が書いた自分史・・外交官の家族の一員になって」という百数ページの淡いピンク色の表紙の本が電子書籍化完了というお知らせを頂く。愛猫のミーちゃんの存在が永久にデジタルの世界に護られることになって大変安堵し、正直嬉しい。彼女との出会いと別れがこういう形で残されることは予想だにしなかったことで、感動を覚える。
16日(木)月一回の英会話クラスの為宇都宮へ。コロナの中ではネットで続けたが、2月より対面に復活。
18日(土)夕刻より宇都宮へ。大野紘平君(23歳)の里帰りコンサート(ふるさとに感謝と名付けて)新しい情報も加わって特別の思いを持ったコンサートとなる。彼には、クラシックを作曲家の心情に達するように演奏するのと、自分流にアレンジして自分の世界の中に引き込んでしまう演奏があって、その技量が天災的で面白い。更に、彼は歌を歌う。彼のテナーの声は聴いていて心地よい。それこそ彼は二刀流の音楽家である。というより、それに即興が加わるので、まさに自由自在に新しい世界観を醸し出すマルティな音楽家と言えよう。聴衆を沸かせるトークと共に、彼はエンターテイナーとしてのピアニストになって行くのかもしれない。ポピュラリズムという言葉が閃く。何人かの友人にも出会った。
20日―22日(月―水)1日に合格発表貰ったムナさんが来訪。一年強ぶりで日光に。我が家へは何度も来ているので、里帰りの心境。娘がもう一人増えた感覚である。東大合格の慶びは世界観を変えるくらいのもの。私達にも驚嘆し、大きな喜びである。日本へはまだ訪れていない彼女の父親からのメッセージには、娘を誇りに思う親としての心情が綴られていた。夫も見事な頑張りを賞賛するメッセージを送っている。夜は夫がステーキを料理。私がスープ作りをやり、祝杯を上げる。今まで、悩むことも多く、東京で1人暮らしながら、実によく耐え、頑張り通した彼女の意志の強さ、負けん気の意地の強さが今回の成功をもたらした。まだ、23歳。これからが本当の意味での勉強になる筈である。彼女は国際機関で働く、国際公務員を目指しているという。是非、目標に向かった進んで行って欲しい。来月4月12日(水)が入学式。私達も父兄代理として出席しようと思っている。今回の日光滞在中はラッキーなことに友人の関係で街中でのコンサートに行くことが出来た。息抜きになったと信じている。そして、今までのように、庭仕事のお手伝いもやってもらった。一杯森の-イオンを吸って貰って。大学院受験を志してる中で、彼女は東京オリンピック、北京冬季オリンピックでもメディア関係の仕事を率先してやってのけた。更に、今度の五月場所での大相撲でも、アナウンサーの横に座って何かアシスタント的な仕事を頼まれた由で、今回、相撲の本を片手に、勝負の決まり手をテレビ観戦しながら、いろいろ訊いていた。やると決めたことへの熱心さが伝わってきた。
その間、9日にはWBCがスタート。オープン戦は対中国。以後予選リーグ戦は3勝で一位通過。トーナメント戦ではチェコ、メキシコを見事に下し、アメリカとの決勝へ。メキシコとの準決勝同様、この決勝も劇的勝利を納め、見事にサムライジャパンは世界の頂点に立った。全試合観戦した。体が震えるほどの感動の連続の中、他の事は手に着かず状態。メディアも連日その感動の場面を伝え続けている。その力たるやプレイする選手も応援する人達も相当であった。2009年の大会には友人の寛子さんとサンディエゴまで行って応援した。息子が院生でインターンとしてWBCのメディアリエゾンオフィサーになったこともあって、彼を応援する意味でも渡米したのである。あの時は準決勝までを観戦。決勝進出を見届けて帰国した。決勝はロスで行われた。息子も映っている優勝パレードの様子が週刊誌に載っていたため、それを今でも大事に保管している。
26日(日)は恒例の日光清風塾講話会。第106回目となる。テーマは「AIとの共存協働について議論しよう」
2023年3月7日火曜日
我が家の女子会3月7日(火)’23
今年1月13に次兄が米寿を3か月後に控えた時に逝ってしまった。一昨年の9月には長兄が米寿を迎えた2カ月後に逝った。あの時、『次は僕の番』なんて冗談めいて言っていた次兄だが、ずっと以前から呼吸器の持病をかかえていた。。コロナの3年間は出歩くことを控えたこともあって、徐々に元気を無くしたように思える。一寸歩いて、しんどい思いをしていたので、随分つらかったのではないかと思う。1月に、コロナがまだ終息していなかった時に、松江の日赤で、限られた家族に看取られて逝った。家族葬となり、松江まで私達は葬儀には参加出来ず、兄の3人の子どもたちが東京から何度も往復しながら、一生懸命母親を支えたことが、救いであった。その義姉が、四十九日を終えて、この3月に上京し子どもたちの所にしばらく順々に滞在するという。それで、本日、私も上京して、長女、次女共々、義姉とその長女と会食。会合場所の丸の内ビルの近くで勤務している長男君も昼休みを利用して急遽ジョイン。兄の家族を元気づけられたらいいなとの思いで会食を思い付いたのだが、皆、元気で明るく、ホッとした。優しい子供たちが母親を良く支えている様子が見てとれて、愛の溢れる家族であることに本当に感謝した。時は流れ、人間の悲喜こもごもを織りなして進み、立ち止まることは無い。その流れに乗って、私達は、与えられた命を楽しみながら全うすべく、学び伝え続けて行くことだと思う。バトンタッチをしながら。走っているときは全力疾走が理想だが、元気が出ない時もあろう。でも、生きていることが奇跡だと思って、明るく歩みたいとつくづく思う日となった。(今年に入ってから、悲しいことに写真がアップロードできなくなっている。)
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