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2018年10月13日土曜日

2019 Best of Miss 栃木大会決起集会 2018年10月10日 宇都宮Hホテルにて

「栃木から世界へ」というキャッチコピーで開かれた2019ベスト・オブ・ミス栃木大会への決起集会に出かけてきました。どういう内容なのかも知らないまま、とにかく音大生一年のピアニストである大野紘平君がアトラクションとしてピアノ演奏を行うというので宇都宮まで出かけたところ、ミス・ユニバース・ジャパン、ミス・グランド・ジャパン、フェイス・オブ・ビューティー・インターナショナル、その他複数の世界的ミスコンテストの合同地方代表選考会の立ち上げ集会だとわかりました。その中には年齢80歳を上限とする美のコンテストもある由。要は外見の美を前面に出して、コアは内面の美、教養、実力を備えた言葉で栃木から世界平和に貢献できるメッセージを発信できる美女の発掘に熱い思いを持つイベント主催者、スポンサー有志が2,30人結集。その会場を大野紘平君が音楽で盛り上げてくれました。今回彼は同伴した同じ音大生のチェリスト(彼は福岡出身)と自作の曲を含めて現代風にアレンジしたクラシックを見事に演奏してくれました。楽しく演奏しているのが心地良く伝わって、19歳とは思えない貫禄とオーラが漂っていました。チェリストの名前は宮田こうへい(漢字不明)で二人はファーストネームと生年月日が同じだという。これは彼らのチャームポイントとなると思う。ダブルこうへいというより二公平(不公平ではなく二つの公平という意でフコウヘイと発音する)というグループ名を誰かがつけていました。




This year's candidate

2018年10月4日木曜日

第69回日光清風塾講話会 平成30年9月30日


第69回日光清風塾講話会 「アセアンの大国インドネシア」 2018年 9月30日
   (河合正男塾長の講話会は今年度(4月以降)に入って5回目となる。第70回目は
    今月10月28日(日)に開催予定。)


12月にインドネシアの学生を日光でホームステイさせることになったので、インドネシアの話をしたい。インドネシアについて頭に浮かぶのは人口が多い事(中国、インド、アメリカに次いで世界で第四位)、多民族、多言語国家であること、地震国(スマトラ島、バリ島、ロンボック島、スラウェシ島で続いている)であり、観光資源も豊富で、石油産出国であること。 更に、今年のオリンピックアジア大会を開催して成功させ、アジアでは日本、中国、韓国に次いで2032年のオリンピックの招致に立

  ち上がっている。

 親日国。日本の敗戦後、旧日本兵がインドネシアの対オランダ独立戦争に参戦。約40年前我々がインドネシアに駐在していた時、ジャカルタには旧日本兵が約250人いた。スカルノ大統領は日本軍の中で教育を受けた人。

スカルノは反欧米路線を取り、共産党路線で親中国であったが西側でも日本とだけは友好的だった。デビ夫人の登場。ジョコ現大統領はスカルノ大統領の第一夫人の娘であるメガワッティ元大統領の系統を踏む。1930年代、スカルノ達青年指導者はインドネシアを統一するための言語を造った。インドネシア語はそれまで大半の人が話していたジャワ語ではなくマレー語を主体にして人工的に作られた言語でどこでも通じるようになった。ジャワ語はヒンズー教の影響を受けており、カスト制度から差別用語が多いがマレー語は商人の言葉で平等な言語である。インドネシアは世界最大のイスラム教徒の国であるのでイスラム文化を理解して交流を深めていく必要がある。



 

2018年9月30日日曜日

東照宮界隈ロマンを求めて散策

9月27日雨降る中で日光清風塾企画の日光東照宮界隈のロマン探しの散策がスタート。マルチ人間、勉強家、情熱溢れる当塾理事の古田秀夫さんの夢と想像の世界に引き込まれ、科学的根拠に後押しされてのロマンは宇宙観のある洞察力を持って、別の視点から日光文化を学ぶ第一歩となりました。新鮮で興味深いお話に雨天悪天候もロマンを巡るには適していました。深山奥蛇の猫座というシダ植物の話は寝耳に水。金鉱脈が下にある証とのこと!何故この地に豪華な東照宮が建立されたかの一番の根拠が推測されて面白い。第ニ弾は「第三代将軍を取り巻く女の戦い」。楽しみです。
駐車場に集合




開山堂への道すがらこの植物に注目。深山奥蛇の猫座


2018年9月10日月曜日

第68回日光清風塾講話会 「夏でも涼しいアイスランド」2018年(平成30年)8月26日

8月26日(日) 日光清風塾塾長講話会 「夏でも涼しいアイスランド」

第68回塾長講話要旨 「夏でも涼しいアイスランド」平成30年8月26日

今年の夏はとても暑いので、涼しいアイスランドの話をしたい。

アイスランドは北緯65度の大西洋の真ん中に位置し、空からはヨーロッパ最大の白い氷河が目立つ火山で出来た島国である。夏は涼しく、風があるので防寒具が必要。白夜で、真夜中にスタートするゴルフ競技もある。冬はメキシコ暖流のおかげ余り寒くならず、零下10度くらいの日が多い。特徴をあげると、

溶岩で出来た国土は火山活動が活発。木は生えていない。緑はコケのような草。アイスランドの馬は純粋馬で背が低く、寒さに強く、冬でも元気に走り回っている。世界最大の露天温泉プールの存在。ダイナミックな瀑布はカトリックがプロテスタントに改宗されるとき、偶像が全部投げ棄てられたという悲惨な歴史を持つ。人口35万という小さな国からミスユニバースが二人も出ているほど美女が多い。冬が長いので国民は読書好き。一人の読書量は世界一である。高い水準の芸術文学が生まれ、ノーベル文学賞受賞者も出ている。生活水準は世界でトップクラスであり、日本に次いで長寿国であることなど。

ローマ帝国が衰退し始めた頃、北欧の蛮族バイキングが隆盛してヨーロッパを荒らし回った。このバイキングが9世紀頃にアイスランドに上陸したのが国の始まり。人種的に孤立しているがこれが遺伝子研究をやり易くし、欧米から優秀な研究者が集まり最先端のDNA研究がなされている。今では製薬会社と連携してアイスランドの主要産業を生むことになった。ITを使った金融大国でもある。漁業も主要産業である。魚を食べる量は世界一である。捕鯨条約に参加しない捕鯨の国である。

世界で最初の女性大統領フィンボガドッテル女史と日本との関係は重要。火山爆発による洪水で流されてしまった日本人学者の捜索救出に大統領が先頭に立って当たったことが当時の埼玉県知事を感動させ、知事がアイスランドまで出かけて謝意を表した。このことから日本とアイスランドの交流が更に強まり、私がノルウェーでアイスランドを兼任していた時、アイスランド大学に日本語学科が設置された。また、100年程前に、北の町アクウエリーから日本に布教活動に来たノニー牧師がいる。大正時代末に地球の向こう側の果てからはるばる日本を訪れた宣教師がいたという史実は驚きである。

 以前のアイスランド人はスポーツに余関心は無かった。ところが今年のサッカー・ワールドカップはアイスランドチームが登場して世界を驚かせた。室内練習場を作っただけではなく、ヨーロッパ中から優秀な指導者を招いて選手を強化してあ結果である。何事にも、優れた指導者が必要であることを物語っている。


 


2018年9月4日火曜日

小雨が降ったり止んだりの中でのBBQも又楽し Enjoying BBQ under unstable weather

9月1日(日)
7月7日、七夕の日に開催した宇大での国際学生交流会のフォローアップとしてお世話になったS教授(国際学部長)、中心となってイベントを企画してくれたM君、交流会に参加したホストファミリーの方々、ファシリテーターのOさん,宇大のS先生、NYから帰国したばかりのフルーティストAさんが参加して下さいました。小雨が降ったり止んだりする中、異文化の話、地方創生の議論が沸騰して面白くて楽しい時を過ごすことが出来ました。
最後にAさんがアトラクションとして何とも癒されるフルートを演奏して下さいました。



8月25日 Home concert at his residence in Utsunomiya to celebrate my husband's decoration

8月25日(土)
この春高校を卒業し、目出度く音大に推薦入学した若き天才ピアニストMr.Kohei Ohnoが5月15日に叙勲の栄を賜った夫の為に、ホームコンサートを開いて下さいました。縁とは不思議なもの、繋がり繋がってしばらくお会いしていなかった親友とも巡り合い、トークあり、音楽あり、会話あり、何とも賑やかで華やかなパーティーとなりました。心温まる美味しい料理の数々は芳美さんの手によるものでパーティーを盛り上げてくれていました。ラジオ局のパーソナリティーの方々にもお目にかかれて、紘平君が既に広い世界に乗り出して活躍し始めていることに皆感心するばかり。夫が例によってソロで馴染みの歌を歌い、伴奏していた紘平君が鍵盤を離れて全身でタクト振りに専念した時は大爆笑。夫の歌は上手いのか下手なのか、紘平君曰く、「余りに感情が入ってうまいので無伴奏の方が良いのです。」ご縁で繋がった人達は宝物として大事にお付き合いさせていただきたいものです。





2018年8月6日月曜日

中国料理出前料理 平成30年8月5日(日)

平成30年8月5日 猛暑続きの中、宇都宮大学大学院で研磨工学を学ぶ中国人留学生の董さん来訪

自称ファシリテーターのM女史のいつものやり方で、今回は董さんが予定より2時間遅れで正午過ぎに彼女に連れられて来訪。6種の中国料理の材料は全て持参して実演してくれるという。初対面でいきなりこんな交流が出来るのも、事前の情報提供と同じ目標を持つ者のネットワーク拡大を惜しまないM女史の情熱がなせる業。例によって、我が家の続きの桃源郷を案内しながら改めてその理想郷に私自身が陶酔して天に感謝。この暑さで麻痺していた六感を取り戻し、早速董さんの台所での動き、手捌きを見学。


 2時間かけての料理が出来上がった頃に、これまたM女史の舵取りで初対面のS教授が来訪。7時過ぎまで董さんが作ってくれたご馳走を前におしゃべりを楽しんだ日曜日となりました。コミュニケーションを重ね、深めることにより、人はいろいろな壁に隙間風を吹かせて行き、理解を深めることが出来るし、それだけ人生も広がり楽しいものになって行くことだろう。