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2023年7月26日水曜日

7月21日(金)タイ王国大使館訪問

炎天下の7月21日、日光清風塾の企画による🇹🇭大使館訪問が実現した。5月下旬あたりからプランを練り出して塾長が当大使館との交渉の結果、日程が決まってから準備の段取りに入る。昨年の🇮🇩大使館訪問の経験を踏まえて要領は心得ていたもののやはり、細心の詰めが必要。いろいろあったが無事に実施出来た。何より、シントン大使のウェルカムスピーチが素晴らしい。タイと日本の長くて親密な関係、近年は経済関係が強いこと、人口は倍半分でありながら、コロナ前は双方への観光客の数が余り変わらないくらいであったこと。コロナ規制が緩和された今では、タイからの観光客は7割戻ったが、日本からタイへの観光客はまだ4割程度。円安の要因もあろう。日本が一番の人気の国であること、北海道のスキーリゾートホテルに投資して経営を行ったお話もあった。7月1日にはセントラルグランドホテル大阪を難波にオープン。近く、京都にもオープンする由。驚いたのは、大使ご自身が高校から大学、大学院を通じて日本で勉強されていて、流暢な日本語で話されたこと。「私は日本人ではありません。タイ人です」と言われた時、思わず会場には笑い声が。大変穏やかで、お人柄に親しみを感じさせられた。更に次席の参事官公使も仏教精神を学ぶ体験を生活の中に取り入れるタイ人(男性)の伝統などを日本語で話され、質疑応答が大変盛り上がり、素晴らしい交流が出来た。今回も、東大に組織を置く学生ぐループ IMS(Mutual Interaction with Students)から8人が参加したことがこのイベントをアップグレードしてくれた。清風塾事務局長に日光PRを英語で挑戦して貰ったことも良い刺激になったと思う。時間の関係で準備していたタイの可愛い「象さん」の歌を皆んなで歌うことは出来なかったが主目的の親善交流は出来たと思う。

2023年7月14日金曜日

2023年7月2日(日)セレブな経験

7月2日 友人のTさん(商業施設、文化施設、総合建築、イベント、広告代理のプラニング、デザイン、設計、施工を受け持つ会社重役)のアレンジで女性3人が一日奥日光のセレブ紀行を実現。女性は我が家に集結、待機。Tさんの日本最高の高級車レクサス350を目の前にして、唖然。こんな車に乗せて貰うなんて、現実離れをした一日のスタート。3か月待って入荷されたとのこと。助手席に乗せて貰って、宇宙にでも飛び出すような感覚になった。センサーですべてが動き、アナログの無い世界とでも言おうか。とてもとても、私など運転出来そうもない、別世界の車に乗車して、女性陣は羨望の夢心地であった。日曜日なので道は混むかと思いきや、意外にスムースにいろは坂を上り、半時間で奥日光へ。 まず、お勧めの自然博物館へ。ベルギー王国と栃木県が友好都市を築いて100年(?)の記念の年ということで、まだベルギー大使館に使用されている「ベルギー王国大使館別荘特別公開」が今日のプログラムの主目的であるが、それにあわせて、自然博物館前にはベルギー王国マルシェが開かれていた。霧降で営業する菓子工房Garconがオリジナル商品を販売していた。珍しいショウガ入り生チョコをゲット。時々買いに行く菓子工房なので、パティシエさんにいつか、私の孫が小5の時、百名山を登頂制覇した記念に、オリジナルデコレーションケーキを作って貰ったことを話したら、思い出してくれた。 そして、日光自然博物館が今回リニューアルされて、かなりアップグレイドされていて感動した。大きなスクリーンが二つ設置されて、日光の四季を紹介した映像は素晴らしかった。孫達に是非見せてやりたいと思った。館内には山林が造形され、スマホテクノロジーを使って、いろいろ面白い映像が捉えられるように仕掛けされていて、子どもたちが大いに喜ぶように出来ている。現代の博物館である。 次は、11時半目標に昼食かねて、アフターヌーンティーを予約してあるリッツ・カールトンへ。噂には聞いていたが、超高級感溢れるホテル。1か月前にG7男女共同参画推進大臣会議が行われた所である。インテリアがあか抜けているし、スタッフもなかなか洗練されている。眺望が最高のロケーションにあり、裕福層をターゲットに建設されたホテルだが、意外や意外、若い人達で溢れていた。外国人が多いのはわかるが、日本の若者もこういうホテルに来て、お茶している、宿泊もしているのには驚いた。沢山写真を撮ったのだが、この投稿サイトは残念ながらウイルスに邪魔されたようで、写真が掲載出来ないのが何とも腹立たしい。シェフ達をとりしきる、チーフシェフとTさんは顔見知りで、我々のテーブルに来ていただいて、いろいろお話が出来た。日光の前は沖縄のリッツ・カールトンで働いていたとのこと。出身は茨木。熊さんのように大きくて、強そうな、それでいて優しそうな人柄とお見受けした。自然博物館で熊との写真を撮ったが、このシェフ(田中さん?)はリッツ・カールトンの熊さんだ、と一緒に同行していた長谷川さんが見事にネーミングした。食材はすべて地元の物を入荷しているとのこと。日光を大いにPRされているよう。コロナも終息して、今や、こういう高級ホテルも上り調子でお客さんが来ている様子であった。 さて、盛沢山のスイーツを賞味して、工夫されたオリジナルな5種類のお茶をいただいて、大満足。ホテル内を案内していただいて(個室と会議室は見れなかったが、)インテリアや、洋食レストラン、和食レストランの一角も見学。回廊も又素敵であった。極めつけは、中禅寺湖を全貌見渡せるロケーションである。幸い、雨が多いこの季節に、珍しく天気に恵まれ、満足度も最高であった。 いよいよ、本日のメインのベルギの-大使館別荘見学にはいる。応募して抽選に当たった人達だけが入れるわけで、Tさんには本当に感謝である。8年前に、地元新聞記者に同行して、この別荘の取材をアシストしたことがあるが、あの時は、次席の家族が週末に憩っているところで平素の別荘の姿を拝見した。今回は、特別公開ということで、テーブルセッティングがされていたり、旗が飾られていたり、磨かれていた。この別荘はホテルオークラの創業者、大倉財閥二代目の大倉喜七朗男爵が、ベルギー王国大使館の夏季別荘とするため、当時のベルギー王国のアルべート国王に寄贈したもの。現役の大使館別荘として使われている。1928年(S3)年に建てられ、今年で98周年を迎える。河畔に建つ他の大使館別荘が日本の建築様式を取り入れているのに対し、唯一、純洋風の建築様式で建てられている。こじんまりしていて、家族が憩うには最適なサイズであり、最高のロケーションにある。 最期に、別荘見学の次に、もう一カ所、二荒山神社での特別展示会に案内して貰った。皇室ゆかりの秘宝、国宝・重要文化財指定の名刀の数々、荘厳な金銅装神輿・馬具・薙刀、男体山頂遺跡出土品などが一般公開されていた。凄いものばかり。人間より長い神刀の迫力は凄かった。 というわけで、レクサスに乗っての奥日光詣で、それも、平素見られない所を見学した一日となり、大いに、気分も保養というより高揚した経験をさせていただいた。二度と無い経験と言える。

2023年6月29日木曜日

生還

6月26日 夫は予定通り上海から羽田に無事到着。高速バスで宇都宮経由で帰ると言うので車で迎えに向かったところ、日光街道に入った途端に大雨となる。線状降水帯を思わせる降り方で、前が見えない。恐る恐るのスロー運転で何とかバス停に辿り着いた。今回の中国行きはいろいろあって心配していたが、元気でしかも体重を増やしての帰国で安堵した。3年半ぶりの中国は田舎にも高速道路や新幹線が貫通して、とにかく大都会化している由。大都会の大型高級車がバンバン飛ぶように流れているところから帰ってくると、地元の余りの静寂さに今更ながら驚いている様子。何が大変だったって、毎日豪勢な食事の連続で、あっぷあっぷ状態。大変な歓待で、嬉しい悲鳴を秘めての3週間だったよう。そもそも退官してから、毎年出かけてきているが、その都度中国の近代化の速さに驚いている。人口、国の大きさが並外れているので、その変貌ぶりは相当なのだろ。とにかく、無事で良かった。 今日は(29日)同期夫人のランチ会が5年振りにあり、東京まで出かけて来た。今回は人数的には7人で少人数であったが、何せ、コロナ禍を挟んで5年振りなので、積もる話でかなり賑わった。N夫人は滋賀県からわざわざ参加され、彼女は、医者通いが皆無で、コロナワクチンも無接種とのこと。この年代で、こういう健康な方は珍しい。食事だけは気を付けているとのこと。病気の話が多い中で、彼女の存在は大変刺激になった。ランチの後は安田生命会館に隣接した静嘉堂丸の内文庫美術館を見学。サムライのおしゃれと題した展覧会。印籠・根付け・刀装具・風俗画屏風・・後藤象二郎を取り巻く宝物の数々。特に、印籠と根付けの芸術性には感銘した。漆、金細工、象牙彫、木彫、陶器、細かい彫とデザインにはただただ感心するばかり。昔の人の手作り作品の凄さに改めて驚嘆するばかり。こんなに沢山の印籠・根付けを鑑賞したのは初めてかも知れない。 というわけで、今日はいろいろ刺激を受けた日となった。そして、夜は、京大時代の友人とのズームチャットの日。月1回、日光、東京、徳島、パリを繋いでのお喋りなのだが、今回は東京の友人は脚の不具合で入院中で不参加。パリの彼女はばたばた日となってすっかり、約束が抜けたとのこと。結果的に徳島の友人と二人だけのお喋りになった。一カ月に一回のズームでのお喋りも、友人の元気なお顔が見れてお互いに励まされるのはありがたいこと。Let's keep going!

2023年6月13日火曜日

2023年6月9日~11日 松江

2023年6月9日~11日 6年ぶりの松江へ一人旅  2019年暮れからあれよあれよという間に感染が拡大したコロナウイルスパンデミック。正にこのタイミングに夫はこの年の中国での教鞭を終えて帰国した。2005年9月に初めて大連外国語学院で講演したことがスタートとなり、2010年以降毎年、南広中国メディア大学をベースいろいろな所で教壇に立ち続けていた。そして、このパンデミックが世界に広がって行き、日本でも大変な感染症として3年半社会が閉ざされてしまった。2023年5月に日本はようやく緩和され、海外への渡航も復活した。すかさず、夫は6月8日から26日までの期間、再び中国へ渡って行った。いつも教え子からの要請と尽力がある。今回は初回に訪れてこの中国への道筋のきっかけとなった、大連に18年振りで赴くことになり、特別の思いを抱いていることと思う。大連―江蘇揚州―江西九江―上海の四カ所で講演することになっている。  この間、私は、松江行きを決断。コロナ禍中に二人の兄を亡くした。長兄は2021年9月に、次兄は2023年1月に。霊前にお参りする事が出来なかったので、菩提寺に墓参してきた。次兄は、両親が眠るこの菩提寺の墓守をやってくれていた。島谷家の為に、いつもお墓参りを欠かさず、家には仏壇を置いて、祈ってくれていたのである。その兄がこの仏壇の中に居ることが不思議であり、時間の経過が生活環境をこんな形に変えていくことに驚いてしまう。夫の同期会が松江で開催された折り、私も松江に赴いてお墓参りをした。この時は兄はまだ元気であった。あれから5年。長い間、呼吸器系を患い、昨年秋頃から持病が悪化。義姉から闘病の様子を伺い、さぞ苦しく大変な晩年であったことが想像される。優しい子供達3人は東京から頻繁に看病に戻り、コロナ禍の病院で最期を迎えた時は、全員で看取ることが出来たそうで、悔いは無かったよう。 今回の松江行きのブログを記録しておこう。 8日夜、市川へ。忙しい家族の中に突入。誠君は昊粋君の高校のPTA会長としてミーティングに。家族の為に夕食を用意してから出かけた由。康子は8コマの授業の後、自宅でネット授業も。木曜日は一番ハードな日のよう。子供達は其々にワイワイ。 9日 朝食は其々のペースでいただくよう。おまけに7時半頃から近所の小学生を親の都合で登校時間まで預かっている。よくやるな~。輔幸お父さんはいつもの様子ながら、今度、2回目の胃の癌の内視鏡手術をやられるそうで、びっくり。3年前にも一度やられたとのこと。He looks quite healthy as usual. 8:40 輔幸さんが市川まで車(新車)で送って下さったので大助かり。市川の駅でチケットを全部購入出来た。乗車券、特急券2種を含めて20300円。10:03のひかり→岡山経由やくも→松江 17:48到着。竹矢行きバス⑤矢田下車 7時頃青葉台に到着。奈美さんが杖をついてお出迎え。 庭先の花々が彩やじかに咲き、特に、アジサイは格別。家の中も整理整頓が行き届き、清潔感と心温まる雰囲気が漂う住まい。美しいハイセンスなインテリアとアイディアで魅力が溢れている。お風呂場、お台所、トイレ、リビング、食卓、寝室、どこも目に留まる。お仏壇も清楚で輝くほど。 両親と耕二兄の戒名も何か新鮮に見えた。本源院法流日汲居士 本寿院妙得日美大姉 一誠院清筆日耕居士  南妙法蓮華経    心の籠った手造りの美味しい料理をいただきながら生前の兄の事、闘病の様子、家族の事、料理の話などなど、お喋りを10時30分頃まで。11時就寝。  10日 バナナ、小松菜、大葉、ショウガ、リンゴのスムージーの美味しかったこと。食事に関しては、健康第一に良く考えて、まめに毎日きちんと取っておられるとのこと。 庭のアジサイを2本摘んでお墓参りへ。10:20バス→寺町→墓参  墓参の後は昨晩初めて連絡をとった旧姓植田浩子さんに70年振りで会うべく乃木公民館へ。トルコ地震チャリティーコンサートに彼女が所属するコーラス隊が参加するとのことでそこへ奈美さんも一緒に行った。公民館を探し当てるのに一苦労したがとにかく無事に会場1時間前に到着。公民館の片隅で、コンビニから仕入れたサンドウイッチをパクパク。 開演前に会場でコーラス隊を見つけて、彼女を探し当て、劇的再会を果たした。彼女昨日の電話で相当驚いたとのこと。歌に響かなければと願う。  コンサートはトルコ地震チャリティーコンサート。松江在住の若い美人3人グループでDakemi3という。内容は手作りの素晴らしいものであった。先ず、フルートと独唱で「花は咲く」で始まり、続いて乃木コーラス隊による2曲のパフォーマンス。混声合唱団でシニアグループ。どこにもこういうシニアグループの活動が健在であることに納得。Dakemi3はトルコに関係した音楽とトーク。トルコ語で「ありがとう」はティッシュクレールという由。大笑い。トルコ音楽の拍子も面白い。3,5,7泊拍子。中途半端な数え方が又面白い。会場全員で実際に発音し、拍子をとる。バーラマというトルコの民族弦楽器、バイオリン、ピアノ、歌唱を3人の麗しき美女がトルコ民族衣装を纏って演奏。このグループはネットでも見れる由。コンサートは約1.5時間。終了後、浩子さんと3人で松江駅まで行き、(ここへは、浩子さんのお嫁さんが車で運んで下さった)スタバでチラミスケーキとコーヒーで2時間、沢山お喋り出来た。ダメもとで当たってみるもの。今回も、川本時代の同級生、岩隆子さんを通じて、彼女の消息を知り、思い切って昔を思い出しながら電話したことが、こういう実りある再会を果たせた。彼女は腰を痛めていて、杖を使っているが、交通事故を起こす前までは硬式テニスを活発にやっていたそうで、健康維持を心して守って行かなくてはと強く思った。6時頃のバスで彼女を見送り、我々は一畑百貨店へ。日光へのお土産をゲット。ついでに明日の帰りの切符も手配。帰路、大阪で、克実兄の墓参と都亥子義姉のお見舞いも急遽する連絡を入れていたが、義姉が体調を崩して咳と熱が出たとのことで、今回は残念ながら見合わせることに。後日、タイミングを見て、訪れることにする。  帰宅は8:30。お風呂に入って夕食。沢山お喋りして11時就寝。明日は日光へ。往路と同じルートで。10:01松江発→下今市19:14着。

2023年5月18日木曜日

5月のGWの中日

今年のGWは市川組と多摩に下宿しているムナさんが初めて我が家で対面。康子とムナさんは親子ほどの年の差があるが、康子の大らかなキャラのおかげで、二人は意気投合。昔からの友達の如く話が弾み、ついに、2人は康子が2年来水を得た魚のように生き生きと活動しつづけている音楽アプリの「nana」に突入。ものの見事に、すぐ二人はコラボしてアプリに載ってデビュー。見事な英語の歌を1分半に仕上げてやってのけた。早速ルーキーの中のデイリーランキングで3位を獲得して、二人はますます盛り上がったよう。テキパキやる方の私でさえ、シャポーを脱いでしまった。もはや、若い人のやることの速さにはかなわない。 母の日には、朝子が、エトワールというグループを指導する山内美代先生のお弟子さん達(約30人)による大発表会に加わって、ピアノ演奏をしてくれた。ベートーベンの「悲愴」のしかも第一楽章を暗譜してやってのけたのには驚いた。先生自身が、硬軟をわきまえて、その気になって進む指導をされている様子が伺える。多摩から近い南大沢文化ホールで行われたこともあり、ムナさんも誘って応援に出かけた。そこでも、朝子とムナさんが初対面し、すぐに、気持ちが通い合った様子。とにかく、ムナさんが猛勉の末、東大大学院合格という素晴らしい結果を出したことに端を発して、娘達との交流がスタートしたことは大変喜ばしいことである。

2023年5月12日金曜日

4月22日 第36回東京川本会総会

 コロナで中止されていた川本会が4年振りに有楽町国際フォーラムの最上階の中華料理店テラスで開催。川本会に参加したのがこれで4,5回目。50人は参加していたように思う。驚いたのが川本高校での同級生柿谷正期さんに卒業以来初めて出会ったこと。更に数年先輩の松本信子(旧姓三上)さんという女性画伯にも初めて出会ったこと。彼女から父の名前が出たことが嬉しかった。同じ高校で絵画も教えていた父のお陰で、彼女は絵の道を選んだ由。美しい絵画だけでは今は通用しないというのが彼女の言い分。思想をいかに表現するかだという。彼女の画集を見せて貰ったが、原発反対思想の一連の絵は灰色というのが印象的だった。お話していても、何か、反体制的な雰囲気があり、かなり個性的で強い意志が見えた。かなり活躍しておられる様子で、現に彼女の個展が開催中だったので、帰途、寄って行こうとしたが、地下鉄のホームを反対側に渡ったがために、時間的にも余裕がなくなり、行かない結果になった。同窓生の活躍を見て、嬉しかった。  柿谷さんについては大変衝撃的であった。高校の時(中学校から一緒だったかも)の印象は、影が薄く、余り記憶にない。それが、今や、学者先生となり、日本初の「リアリティ・セラピー」認定講座を主催して先駆的な仕事をしている。プロフィールによると、1978年に柿谷カウンセリング・センターを開設。1984年にはグループホーム大磯ハウスを設立。リアリティセラピーに関しては、米国ウイリアム・グラッサー協会が認定した日本人初のインストラクターだという。ネットで検索して驚いた。沢山の著書が出ている。訳書が多い。そもそも彼のキャリアは英文学者からスタートしていることに驚いた。高校を卒業後、経産省の事務官として仕事をするかたわら、中央大学の夜間部に通って英文学の修士号を取得。キリスト教徒として渡米し、勉学、研究すること10年。カウンセリングの道を究められたのだろう。高校生の頃に既に、秘めた強いモチベーションがあったのだろう。人間、本当に人生の目標があるかないかで、生き様がこうも変わるものかと驚嘆した。この衝撃的な出会いが、今回の集まりの最大五の収穫であった。

2023年4月15日土曜日

2023年4月1日~4日町田組来晃

4月1日~4日 春休みを利用して町田組が来晃。但し、星太君(新高二)は高校に入ってからの部活(グラスホッケー)に嵌っている由で、今回も彼は日光には来なかった。シーズン最後のスキーが目的で土曜日に来て、翌日ハンターマウンテンへ。これで夫はこの一カ月毎週末スキーに行ったことになる。80になってなおがめつくパラレルに挑戦するその意欲たるや、誰も真似できない。2年前にアキレス腱断裂をやっているのに、貪欲に向上心が保てることに驚くばかり。心配をよそに、無事滑ってきて、とりあえず今年の最期としてけじめがついた様子。道生さんはその日のうちに町田へ帰還。朝子と明里が更に2日滞在。 その間、倉庫の片づけを手伝ってくれた。思い切って整理出来て大助かりした。 6日には第二回目のプチ合唱団の練習日。八嶋さんのお嬢さん絵理子さんの指導がなかなかいい。明るくて、はっきりしていて、声楽専攻だけあって歌もピアノも素晴らしい。メンバー9人が全部揃うことはなかなか難しいかも知れないが、何とか続けたいもの。 9日には宇都宮カトリック峰教会で大野紘平君と田尻大喜さん(トランペット)のコンサートに夫と出かけた。トルコ大地震のチャリティーコンサートとして、田尻さんはかなりのベテランで司会進行をやりながらの演奏は素晴らしいかった。話もまとまっていたし、何より、音楽が世界を一つにするという信念が一貫していて、説得力がある。紘平君のピアノも田尻さんのトランペットも心を豊かにさせ、平和を祈る気持ちにさせてくれる。9月16日には池袋で演奏するそうなので、是非行って見たい。最後に演奏した【Beautiful Japan】はダイナミックで心に染みる壮大な曲。田尻さんの作曲だという。彼は歌も歌えるし(紘平君も歌えるが今回は完全に田尻さん主導であった)話もぶれないし、素晴らしいアーチストである。実は、昨年12月にYMCA主催のウクライナのチャリティーコンサートに初めて彼のトランペットを聴いたが、あの時は、紘平君がMCを担当したので、田尻さんの印象は余り強くなかった。しかし、今回は実力を見せつけられえた感じがする。素晴らしかった。 12日 夫の中国での教え子の1人である唐ムナさんが二度目の挑戦で見事に東大大学院に合格し、彼女の入学式に父兄代理で参加してきた。武道館で開催され、大学院生が新たに3000人ぐらい入学して、その父兄が参列していたから総勢8000人ぐらいは居たのではないだろうか。前座として東大野球部の応援歌が披露され、応援団長の応援パフォーマンスがチア―ガールをバックに行われたり、先輩学生達が活躍していた。会場への誘導も殆どが学生によるものであった。式典は1時間半ぐらいであったが、早朝の式辞や国連から招かれてきた環境問題担当の女性のスピーチ、研究科長の式辞など、どれも内容の深い話でさすが最高峰の大学院の式典だという印象を持った。総長の話はSDGs問題を東大がリーダーシップを持って研究して行って欲しいとの訓辞であり、国際機関からの女性は、男女平等の下に、女性が活躍すれば道は開かれるということを力説、研究科長は目標を掴めないまま大学院に進んだご自分の経験を語りながら、それでも模索し続けると周りのサポートなどがあって道が開かれ、そうなると、研究がどんどん面白くなったという話でこれは一寸ホットする話だったと思う。当のムナさんの入学式について感想は立派なもの・・・私達東大生が抱く氏名と課題は何か。東大に入学した意味と意義はどこにあるか、考えさせられる。Harvardのあの一文を想い出させる。To change the world. To make the world a better place. 私は、今、そういう力を持つことが可能になった。誰かの言う事、誰かが作ったルールに従うことなく、自分の頭で考え、この世界をどうなって欲しか、どうなったらもっといい世界になるか、そうなるために努めていく。使命感や責任感を感じている。それは、まさに河合先生が言う大きな仕事。誇りを持つ仕事。・・・これからの道の歩み方について、最近選ばれた女性宇宙飛行士を引用すれば:自分の歩いてきた道を最高の道にする努力をすること。過去の自分も現在の自分も、未来の自分も最高の自分になる。・・彼女はこの門出に立って、大きな志を抱き前を見をしっかり見て歩んで行こうとしていることが読み取れる。この感動と緊張感を大切に世界に向かって羽ばたいて欲しいと願う。