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2023年1月3日火曜日

2023年の幕開け

 2023年の幕開け

二荒山神社参道で

超人的夫婦杉の前で

大晦日~元日に東京滞在の壮さんと彼女の母親(3月までの半年間滞在)、更に一カ月前に来日して日本語の勉強を始めている留学生陳君が来訪。日本の大晦日を共に過ごし、元日には東照宮、二荒山神社に初詣。日本の正月風景が彼等にはどう映っただろうか。(中国の正月は一カ月遅い。あちらの正月風景は今はコロナの影響があるだろうが、普段は帰省客で大変なラッシュであり、大賑わいである。7年前の2016年、前期、後期ともに、夫と南京で教壇に立ったことがあるが、各セメスターが終わると全寮制の下、学生は全員帰省する。キャンパスは空っぽとなった。私達は元日に帰国したが、日本と違い飛行場は空いていた。1か月後は大変な混雑になる筈である。学生はその間長い休暇に入り、2月末に始まる新学期までキャンパスには戻らない。)
初ウオーキングは未踏の
土手を探索。おかげで
雑草の棘が何万個とズボ
ンと手袋がこんなザマに。


壮さんは3年間の宇都宮大での大学院を修了し、東京で社会人となっている。3年滞在しただけなのに、彼女の日本語は相当なもの。新米の陳君はこれからである。頑張って欲しいと願う。 おかげで、私達も一緒に初詣が出来た。今年の正月の天気は最高。だが、あの東照宮でさえ、着物で着飾った人には一人も出会わなかった。やはり、不景気なのだろうか。勢いあるめでたさは感じられなかった。それでも、神聖な気持ちになって、やるべきことをやったという満足感は得たような気がする。二荒山神社のあの夫婦杉の前に夫と並び、今年の5月で結婚54周年になるこのカップルはまだまだこの夫婦杉には足元にも及ばない。まだ、根っこの部分で彷徨っている感じ。今年は、果たして、どんと腰を据えたカップルに精進出来るだろうか。

          3日には子供達、孫達がやってくる。

2023年1月2日月曜日

 2022年の師走

 いつもの師走のルーティンに加えて、久しぶりで台南市コンサート旅行のグループ(八嶋さん、森さん、吉澤さん)で久しぶりの会食を近場の古民家カフェびーどろで開催。更に、同じくコンサートの場所取り役割担当仲間となったグループ(守友さん、半田さん)でご苦労さん会をBain Marieでランチを決行。共に何かをしたというご縁を大切にとの願いから思い付いたこと。第五回目ワクチンも12月21日に終了。副作用が皆無と言うのも何かたよりない思いになる。EECCも無事一年をやり通し、新年には又新たな気持ちで続けられたらと思う。

もう一つ、若い人達(子供達、孫達)のスピードに近づくために、夫と共にスマホの乗り換えを決行。宇都宮のヨドバシで半日がかりの交渉となる。auに乗り換えてip7→SE3 with 64GBに。データーの移行作業をセルフで何とかやることが出来たが、一か月後には更にキャンペーン中のUQに切り替えることに。又複雑な手続きにならないことを祈るのみ。

以下は2022年の総集として海外の友人へのAnnual Season's greetings

Merry Christmas and A Happy New Year to our dear friends!

May everything around you be in the right way to be safe and be blessed by every-body.                                            December 2022 

                                              

The year 2022 has been dyed in black color not only because of the ever-lasting  Coronavirus but also the human disaster caused by Russian invasion to Ukraine which covers whole world with fear and anxiety. Human history must have progressed to make us understand better each other so that we could live together in a stable and safe society. However, this ideal way of living got completely derailed and the international society is now stepping toward unimaginable world. We strongly wish safe and peaceful place be back to us right away.

On the other hand, sports, especially the world cup which is still going on has been so enthusiastic, energetic and friendly that everybody’s mind in the world has got together to become one which is so wonderful and peaceful. There might be some political and racial conflicts deep inside more or less, but players’ minds and supporters’ minds look 100% unifying in a simple way. We have been watching all the games on TV. We all tend to cheer up our own country but it’s quite natural. All the people wish their teams keep winning, don’t they?

When it comes to our own life this year, our activities have been somehow kept alright thanks to our living place, rather rural district surrounded by a beautiful nature. Even under the COVID pandemic restraint we didn’t have to stay all the time in our house. We were able to be outside to do gardening, caring the yard, woods and enjoy playing golf which has been open through the year as usual. Our children’s families, however, Yasuko’s and Nari’s  unfortunately got corona-infected and they had to stay at home for a week or so. Fortunately none of them got seriously ill and Tomoko’s family members not infected. Masao has continued his lectures on internet to China and for a monthly volunteer group meeting in Nikko while I keep having my class. In July we made a visit to Indonesian Embassy together with some members of our volunteer group to promote the beauty of Nikko nature and culture. November gave us the highlight season covering our place with autumn leaves and let us organize an annual home concert being careful about corona-infection. It turned to be successful and enjoyable. 

 Now at this moment, Japan is facing the 8th wave, which means we still have to be more or less controlled through to the next year to come. 

Wishing you Merry Christmas and a Happy New year, here I attached some pictures lined up seasonal order, so that I hope you can guess how we have been through the year of 2022.                              

                                 Thousands of love, Keiko and Masao Kawai

with grandchildren in May


with M's sisters and their spouses

visit to Ukraine Emb. for charity activity 

visit to Indonesian Emb. for Nikko promotion

Choir group (I belong to)'s performance for 10th anniversary 

with university students

home concert

monthly lecture for local people



2022年12月7日水曜日

WCカタール大会がもたらしたもの(侍ブルー:11月23日→12月6日)

 森安監督は現役の時、カタールでのアジア予選の最終試合で日本がイランに逆転負けしてWCへの出場を逃し、有名な言葉「ドーハの悲劇」が頭の中に秘められていたそうだ。悲劇が歓喜に代わることを夢見て、26人のプレイヤー(19人は初出場、経験者は7人)を引き連れてカタールに。日本全土が熱狂的なサッカー聖地にかわったような、とにかく、コロナを吹き飛ばす勢いの声援の怒涛が押し寄せた2週間であった。

一次リーグ戦では初戦相手が強豪ドイツ。2戦目はランキングが日本(24位)より下のコスタリカ。そして最終戦がスペインであった。何と何と、日本は強豪ドイツを2-1で下し、コスタリカには予想外の結果で0-1、そして最後の対スペイン戦ではドイツと同じく2-1で勝ち、E組一位で決勝トーナメントに進んだのである。強豪のいるE組に組まれたことで内心皆、無理だとの予感がしていたに違いない。それが、初戦ドイツを倒したことで、日本全土はサッカー応援の大きな渦が巻き起こった。これは行けるかも。初出場の選手たちがベテラン先輩と並び、切磋琢磨してぐいぐい伸び伸びとやっている雰囲気があった。凄いというしかない。深夜、未明をものともせず、私はテレビに喰いつき、手を叩き、興奮しながら応援した。夫もしかり。サッカーは魔物。どんなこだわりも、躊躇もなく、純粋に歓喜の渦に巻き込まれて行く。知らない人とハグし、手に手を取り合って喜び合う。我が家でも傘寿を越えた二人が、若々しく、歓喜の声を叫んでハグした。冷静に思うと、サッカー競技は同じルールの下で、誰でも、どんな人でも、どんな環境でも、ボールを蹴りあい、頑張れば上へと登れる。世界中の若者が、可能性を秘めているのである。今や、ブラジルのネイマール、アルゼンチンのメッシ、ポルトガルのロナウドなど、名選手が億万長者になっている。サッカーは多様性社会の中でのポテンシャリティーのある夢を与えていることを改めて感じた。日本選手の未来は明るい。今回、一次リーグ戦で見せてくれた若い選手では三苫、伊藤、田中、鎌田、が目に留まった。安堂、浅野、前田、谷口、そしてキーパー権藤も凄い。コスタリカには何故か負けてしまったが、対スペイン戦で対ドイツ戦を再現してくれた。とにかく、ウキウキする寝不足を享受しながらの一次リーグであった。そして、決勝トーナメントに入って、対クロアチア戦も素晴らしい試合をしてくれた。五分五分の闘い。延長までして0-0のスコア。しかし、あのPK合戦は腑に落ちない。揃って球を拒まれてしまって負けてしまった。実力の差が、PKで出るとは。。。しかし、今となれば、侍ブルーがこれほどの歓喜をもたらしてくれたこと、そして、世界に通じる強さを見せてくれたことに感謝したい。本当にありがとう。


カタール2022のマスコット、La'eeb(超一流選手の意)はお顔が日本人的で実に可愛らしい。


第103回日光清風塾講話会 12月4日(日)

 12月4日(日)日光清風塾第103回講話会

11月は多忙なスケジュールがあるため、11月の講話会は本来お休み月となる12月の第一日曜日に延期。そして、講師は奥日光の洛山晃 小島屋の主人、小島喜美男様郷土史研究家にお願いした。来春にはG7の分科会「女性活躍担当大臣会合」が奥日光で開かれる。それに関連して10月の第102回目には塾長がそれをテーマに講話した。今回はその延長上を視野に、明治4年まで女人禁制であった奥日光における人物像を年代順にお話いただいた。奥日光には随分秘めた人物がいることが見えてきたお話であった。中でも、今回ドイツ人女医の存在については、事前に資料を入手していたので、私は理解していたが、講話会でもこの女性の話をもっとしていただきたかったのが本音である。小島氏が実在した彼女をモデルに劇シナリオを創作されているので、ここにその私の読後感を書いておこう。そして今回の講話でのお話は時系列に図式化しておきたいと思う。

「いのちのゆくえ」 <なつかしの中禅寺>     作・構成 小島喜美男           

 昭和の戦中そして戦後               令和三年十月

    やまの湖水のほとり

     愛犬二匹をいつくしんだ

      ドイツ人女医      

 タイトルに惹かれて一気に読んだ。 

史実に基づいたストーリーが昭和30年当時を現実の舞台に設定し、そこから14,5年前に遡っての史実を再現しながら進む。中心人物であるドイツ人女性医師ベッカの物語が、そのコミュニティーの中での人物像から彼女の哲学、人生論が深堀りされていき、当時の奥日光の様子が巧みに再現されている。とくに12頁の中禅寺役僧菅原裕景とベッカ女医との宗教論のやりとりは、中禅寺湖の風景を背景に、強く、かつ、情緒的に美しい流れとなって響いてくる。日本人僧侶の自然観、浄土観念、静寂の中の孤独な観念の中で、悟りを激しく追求する心の葛藤をベッカは良く理解している。西洋の一信教であるキリスト教にも東洋に近い思いがある。中禅寺の自然をこよなく愛したドイツ人のベッカ女医は最後には命は不滅だと言い切っている。

 アック(アキレス)とヘクター(ヘエクトル)という二匹の愛犬との密な生活の様子が巧みに描かれていて、それだけに、敗戦後に母国に帰らざるを得なかった時の愛犬との悲劇的別れは胸を打たれる。彼女の願いは二匹の愛犬の間に葬られて死後の世界を一緒に歩むことだったという。政治的に、彼女にはスパイ容疑もあったようだが、14年間、戦中と戦後を全身全霊を注いで中禅寺を愛し、女医として地元民を助け、優しいと慕われながら生きた一外国人の物語。彼女の心は中禅寺のどこかに漂って生きているような気がしてならない。

  シナリオ作品には当時の人物、建物の写真のみならず、沢山の浄土の世界を思わせるような、神秘的で美しい中禅寺界隈の写真が載せられている。これらも小島氏が実際に撮られたものであろう。実に美しい中禅寺風景である。作者自身がイメージ配役をリストアップされていることから、このシナリオ作品が本当の舞台で再現されることを願ってやまない。

                  10月7日      慶子の感想

 



2022年11月9日水曜日

11月は紅葉でおもてなし Busy season for hospitality

11月6日 

この地域はどうやら11月の第一週目が紅葉のピークと言えそう。夏が猛暑だったことから紅葉は遅いかと思っていたが、不思議なことに、自然の進み具合は毎年余り変わらない。今年は絶好の秋日和に恵まれて最高のタイミングでBBQ&HC(ホームコンサート)が開催出来た。

地元の友人で音楽の好きな人達と、今年は夫が関わり合いを築いたMIS(Multilateral Interaction with Students)のメンバーと山口教授のゼミで講義をしたことからそのゼミ学生も加わって11人が東京から車2台でやってきた。中心は東大生。彼等は今どき珍しいほど、素直で、明朗で、コミュニケーション能力も豊で感じのいい学生さん達であった。男性7人、女性4人。11時頃に集合してBBQをスタート。今回は前日に歌姫の次女が市川からやってきて準備の手伝いから、ホストサイドのおもてなし等、積極的に手伝ってくれた大助かり。買い出しはリストとにらめっこしながら、それでも、買い忘れや、忘れていたものなどがあって、何度もスーパーに行く始末。ともあれ、BBQの為に、事前に作るものは早朝(5時スタート)から始めて、何とか間に合った。その間、駅までお迎えがあったりで、ばたばた劇は免れない。当初ホスト側を入れて29名だったが、結果的に23名になり、まだコロナ禍が懸念される中、結果オーライだったかも知れない。

事前に用意したものは鶏肉のマリネ焼き(6㎏)、いなり寿司、サラダ、BBQの材料下ごしらえ/ジャガイモとバターのホイル包み焼/しいたけとベーコンのホイル包み焼き/イカ/牛肉/フランクフルトソーセージ/焼きそば用豚肉、もやし、キャベツ/ そして石焼き芋。

予定通りに予定は進行。BBQも学生達の協力で焼いたり、焼きそばを担当してくれたりでかなり救われた。食欲旺盛、皆喜んで楽しんでくれて超安堵。

1時半頃から、室内でのHCのセッティング開始。ビニールのパティシャンをかけたり、コーヒー、デザートの用意。椅子のレイアウトなどなど。2時になって、室内に移動。夫が陣頭指揮を執って、プログラムが進行。歌、ピアノ、サックス、フルート、タレント揃い。一通り回して、改めてゲストの自己紹介。学生達も、短く、簡潔で、内容のある自己紹介をやってのけて、さすがにコミュニケーション能力が高い。最後に夫が総括的に若い人達の将来に向けての期待とやるべきことの示唆の言葉は、さすが、このパーティーの意図するところだと秘かに感じ入ってしまった。楽しみながら、コミュニケーション力をつけて、内容のある質の高いものにするというべきか。東京へ帰る人達の時間もあって5時半頃でお開きとなった。私は娘と土居さんを駅まで送り、帰ったら、荒巻さんが相場さんを送って下さったという。大野さんが一人で、後片付けをやって下さっていて、恐縮至極。その段階で宇都宮から中国人留学生が1人到着。一寸顔を見せにきてくれただけで、彼も帰って行った。ランブータンを置き土産に。 慌ただしい思いをしながらも、充実して、盛り上がりのあったパーティーとなったことに感謝したい。

翌7日には、夫の姉達夫婦(半分は伴侶と死別)と長姉を介護する甥、我々を入れて、総勢10人が我が家に集って紅葉の中でのピクニックを決行。別の笑いとお喋りで賑わった日となる。94歳になろうとしている長姉が武田節を力強く唱ってくれたのには皆驚き、感心した。それこそ、彼女から逆に年下の私達が活力を貰ったことは後々語り継がれて行くことだろう。 6日、7日と連荘、お疲れさまでした!


2022年10月22日土曜日

10月20日 上皇后様の米寿の誕生日

 10月20日(木)I happened to be born on the day of Her Retired Majesty 's 7th birthday

特別な日であるこの日は「国際ソロプチミスト日光」主催のチャリティーゴルフコンペが鬼怒川CCで開催された。恒例のコンペで初回から参加し続けている。今回は偶然にも私の誕生日にぶつかり、夫にも参加を勧めた。アキレス腱を2年前に切ってから、調子がなかなか元に戻っていないのだが、健康維持のためにもゴルフ熱は冷めていないので、参加を勧めた次第。秋晴れのゴルフ日和に恵まれ、90名もの参加者で溢れた会場は健康そのものの雰囲気。私のプレイメイトは篠原悦子さん、福村氏、真野氏。男性二人は72歳と80歳。二人とも相当やってきた人で、飛距離も凄いし、アプローチもいいし、パットも良い。コンペは前半のハーフのスコアだけが対象になっているので、前半にエンジンのかかる人は強い。私の最近のドライビングショットは良くない。高く上がらず、転がっていくことが多く、修正出来ていない。スコアはネットが良くなくても、新ペリエ方式でハンディーを出すので、運が良ければ、上位に組み込める。今回はまさにラッキー続き。グロスでハーフ49だったが、高いハンディーを貰って飛び賞にあたり、果物セット+マンゴープリン半ダースをゲット。女性の部で10位とかで(主催者の女性担当者から、お誕生日おめでとうございます!と祝辞を添えていただいたので嬉しかったが、これは単なる飛び賞の賞品だった!)金谷ベーカリーの食パン2斤と参加賞の玉子2パックをいただいた。夫も12位とかで、バウムクーヘンの大きなケーキをゲット。おかげで、温泉にも入って意気揚々と帰宅したのはいいが、賞品やら、カバンの積み残しをやって、もう一度クラブハウスまで取りに行くという失態をしでかしてしまった。(笑い)何にせよ、賞品をいただくというのは気分を高めてくれる。81歳の誕生日はかくしてゴルフ場での幸運に出会ったことがいい想い出になることだろう。

その前に、前日の夜、夫からプレゼントが渡された。「明日のゴルフに着て欲しい」と言って、深紅のカシミヤのベストが目の前に。ゴルフの時はブライトなカラーが良いと強調。赤は私の好みの色なので抵抗は皆無だが、残念ながらサイズが一寸小さすぎる。それでも、夫は伸びるから大丈夫とかなり強引。ありがたくいただいて当日早速着用。クロのアンダーとパンツに深紅のベストは映えた。後で、プレイメイトの悦子さん曰く。「今日は決まってる!」と思ったそう。81歳の晴れのゴルフウエアとなった。後日、スタート直前に撮られたフォトが届くらしい。

2022年10月15日土曜日

旧友との食事会

 10月12日(水)夫の大学時代の同期生ご夫妻との食事会

7月27日に前夜から泊りがけで我が家に来られた山田氏とゴルフをやってから2カ月半経った今日、その返礼ということで山田氏ご夫妻から私達を日比谷の帝国ホテルでのランチにお誘いいただいた。7月7日にEECCの企画、インドネシア大使館訪問以来だから、3カ月ぶりの東京である。東京はどんどん改造されているが、このあたりはまだ変わっていなくてホットする。夫は所要で2日前に上京していたので現場で落ち合うということであったが、小一時間予定の時間より早く着いたので、日比谷公園を散策。Go to travel campaignが再開されたせいか、人々の動きが活発になっている。観光バスも列をなして止まっている。花が咲いていないこの季節は一寸さびしい感じだったが、二重橋あたりはジョギングする人もいて、人の花盛りといったところだった。

予定の11時に5分遅れてホテルに到着。既に、山田ご夫妻と夫が待っておられた。夫人とはかれこれ20年振り。ノルウェーから帰国して大阪に1年勤務からだから正確には17年振りかも。この年代になると健康が気になるが、こうして元気で再会出来たことを喜び感謝するだけ。とはいえ、彼女は脚腰を痛めていて立ったり座ったりする時が難儀だとのことで、お住まいの千葉からわざわざ出かけて下さったことに申し訳ない気持ちであったが、以前、ノルウェー勤務と時には、令嬢もご一緒に私達を訪ねて下さったこともあり、気心知れた仲間なので、話は盛り上がって大変良い時間をご一緒出来た。帝国ホテル38Fでのビュッフェランチはなかなかのもの。ここも今回は大盛況となっていた。食事中の写真を撮りそこなって、とりあえず、記念撮影だけにいなったが、次回の「麗しの越中島」仲間とのミーティングはここを推薦してみよう。(時間制限があるのが難点かな?)