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2023年4月15日土曜日

2023年4月1日~4日町田組来晃

4月1日~4日 春休みを利用して町田組が来晃。但し、星太君(新高二)は高校に入ってからの部活(グラスホッケー)に嵌っている由で、今回も彼は日光には来なかった。シーズン最後のスキーが目的で土曜日に来て、翌日ハンターマウンテンへ。これで夫はこの一カ月毎週末スキーに行ったことになる。80になってなおがめつくパラレルに挑戦するその意欲たるや、誰も真似できない。2年前にアキレス腱断裂をやっているのに、貪欲に向上心が保てることに驚くばかり。心配をよそに、無事滑ってきて、とりあえず今年の最期としてけじめがついた様子。道生さんはその日のうちに町田へ帰還。朝子と明里が更に2日滞在。 その間、倉庫の片づけを手伝ってくれた。思い切って整理出来て大助かりした。 6日には第二回目のプチ合唱団の練習日。八嶋さんのお嬢さん絵理子さんの指導がなかなかいい。明るくて、はっきりしていて、声楽専攻だけあって歌もピアノも素晴らしい。メンバー9人が全部揃うことはなかなか難しいかも知れないが、何とか続けたいもの。 9日には宇都宮カトリック峰教会で大野紘平君と田尻大喜さん(トランペット)のコンサートに夫と出かけた。トルコ大地震のチャリティーコンサートとして、田尻さんはかなりのベテランで司会進行をやりながらの演奏は素晴らしいかった。話もまとまっていたし、何より、音楽が世界を一つにするという信念が一貫していて、説得力がある。紘平君のピアノも田尻さんのトランペットも心を豊かにさせ、平和を祈る気持ちにさせてくれる。9月16日には池袋で演奏するそうなので、是非行って見たい。最後に演奏した【Beautiful Japan】はダイナミックで心に染みる壮大な曲。田尻さんの作曲だという。彼は歌も歌えるし(紘平君も歌えるが今回は完全に田尻さん主導であった)話もぶれないし、素晴らしいアーチストである。実は、昨年12月にYMCA主催のウクライナのチャリティーコンサートに初めて彼のトランペットを聴いたが、あの時は、紘平君がMCを担当したので、田尻さんの印象は余り強くなかった。しかし、今回は実力を見せつけられえた感じがする。素晴らしかった。 12日 夫の中国での教え子の1人である唐ムナさんが二度目の挑戦で見事に東大大学院に合格し、彼女の入学式に父兄代理で参加してきた。武道館で開催され、大学院生が新たに3000人ぐらい入学して、その父兄が参列していたから総勢8000人ぐらいは居たのではないだろうか。前座として東大野球部の応援歌が披露され、応援団長の応援パフォーマンスがチア―ガールをバックに行われたり、先輩学生達が活躍していた。会場への誘導も殆どが学生によるものであった。式典は1時間半ぐらいであったが、早朝の式辞や国連から招かれてきた環境問題担当の女性のスピーチ、研究科長の式辞など、どれも内容の深い話でさすが最高峰の大学院の式典だという印象を持った。総長の話はSDGs問題を東大がリーダーシップを持って研究して行って欲しいとの訓辞であり、国際機関からの女性は、男女平等の下に、女性が活躍すれば道は開かれるということを力説、研究科長は目標を掴めないまま大学院に進んだご自分の経験を語りながら、それでも模索し続けると周りのサポートなどがあって道が開かれ、そうなると、研究がどんどん面白くなったという話でこれは一寸ホットする話だったと思う。当のムナさんの入学式について感想は立派なもの・・・私達東大生が抱く氏名と課題は何か。東大に入学した意味と意義はどこにあるか、考えさせられる。Harvardのあの一文を想い出させる。To change the world. To make the world a better place. 私は、今、そういう力を持つことが可能になった。誰かの言う事、誰かが作ったルールに従うことなく、自分の頭で考え、この世界をどうなって欲しか、どうなったらもっといい世界になるか、そうなるために努めていく。使命感や責任感を感じている。それは、まさに河合先生が言う大きな仕事。誇りを持つ仕事。・・・これからの道の歩み方について、最近選ばれた女性宇宙飛行士を引用すれば:自分の歩いてきた道を最高の道にする努力をすること。過去の自分も現在の自分も、未来の自分も最高の自分になる。・・彼女はこの門出に立って、大きな志を抱き前を見をしっかり見て歩んで行こうとしていることが読み取れる。この感動と緊張感を大切に世界に向かって羽ばたいて欲しいと願う。

2023年3月31日金曜日

3月31日’23

2023年3月31日 Last day of March,20023 3月29日 ライトキューブ宇都宮にて、日本英語交流連盟ESUJ(English Speaking Union, Japan)主催によるParliamentary Debate Experienceなるものが開催された。夫と外務省同期の沼田大使が会長であることから、宇都宮での開催なら、何か手伝えるのでは、ということで、下野新聞、とちぎテレビ、教育委員会から後援をとりつけた。当日は私も興味があったので、セミナーに参加してみたが、凄いディーべイトで驚いた。日本語も早口だが、英語も早くて、とても流れに乗れなかった。政府側と野党側に夫々2人づつ席について、直前に言い渡された議題題モーションを殆ど即興で夫々時間内に主張、反論、するもの。政府サイドに2人の日本人男性(社会人)、野党サイドにイギリス本国から来日したベテランの女性certified comentorsが座し、タイマーでマネッジされて議論が続く。今回提供されたモーションは動物園存続の是非。政府側は存続に反対、動物園は廃止すべきという立場を取り、オポーネント側は廃止に反対するもの。これは、小さい時から訓練しないと、とてもこのような議論は出来ない。相手の主張を良く聞き、自分の意見を述べる。相手を尊重しながら、自分の意見を説得させるように述べる技術は、練習を積まないと出来るものではない。特に、日本人は話すマインドが弱いため、日本語であってもしっかり話すことは出来ない。traininngあってこその世界だと思った。スキルを向上させるために日々、努力してこそ成果が得られるのだろう。宇都宮高校が全国的にレベルが高い由で、今回もこの実体験セミナーを宇都宮で開催したという流れだったと聞いたが、肝心の宇高の生徒は残念ながら来ていなかった。真岡女子高校から3人の女子学生が参加していた。参加者数が予想に達しなかったことは残念だったが、総評では内容の濃いものだったよう。夫も最後に挨拶の中でコメントしていたが、相手の主張をレスペクトして聞いて、自分の意見を述べ、納得のいく議論をする為のスキルの向上が目的。今の小中高学生は主義があって主張が出来るように、訓練指導が求められるのではないだろうか。 3月30日 吉野舞起子ESUJ事務局長(現早稲田大学で講師として指導)とcomentorsの1人Ameena Khan Sullivanを日光駅でお迎えし、奥日光と山内を案内することに。9:28到着のJRで宇都宮から来晃。真っすぐ、奥日光へ。途中、明智平でケーブルカーに乗り、中禅寺湖の全貌を眺める。華厳の滝は意外に小さく見えた。その後イタリア、イギリス大使館別荘記念公園へ。シーズンオフで閉館だったが、外観を眺め、静かな中禅寺湖を眺め、奥日光の外国人パイオニア、アーネスト・サトウの心情に迫る。オフシーズンだからこそのメリットを十分得ることに。つまり、観光客は誰も入ってきていなくて、我々だけの中禅寺湖界隈の静けさ、美しさが満ちた世界を堪能。彼女達も大変喜んでいた。ヒルはリッツ・カールトンの下にあるMapleレストランへ。客もほどほどにいて、中禅寺湖をすぐ目の前にしての食事はなかなか良かった。食事のメニューも全員異なるものをオーダーして、それぞれ美味しくいただけて大満足。そのご、ゆっくり車を走らせていろは坂を下山。三内へ。彼等を入口まで送り届けて、私は駐車場探し。結局、コンビニの駐車場で休憩。約2時間後に彼らに合流。そして、我が家に案内。素朴な、ワイルドな広い我が家の庭を堪能していただく。その後、ホームメードのスイーツ(アップルケーキ)とクッキーでティータイム。夫が最後の目標と位置付けている、東南、東アジアの若い学生たちの交流の場を設立したい夢を語る。吉野先生は身を乗り出してポジティブな反応。何とか実現出来る方向に動かないものか。学生達が賛同し、熱い思いを持って、アクションを取って欲しいと願う。 写真がお化けに。

2023年3月25日土曜日

3月は行事が一杯。記録まとめ

ばたばた続きでブログが置き去りに。忘れないうちにまとめておこう。 毎週金曜日のEECC活動は継続中。 1日(水) 上智大に留学して以来3年(?)になるが、ずっと見守ってきた唐ムナさんが二度目の挑戦で見事に東大大学院に合格した旨の知らせを受ける。落とされるときはどこもとことん落とされて、受かる時はどこも制覇するということを実証。受験期間の体調も勿論だが、ナニクソという挑戦意欲が彼女をより積極的に立ち向かわせ、アカデミックの世界での人脈作りを大事に構築したことなどが影響するのだろう。ムナさん、本当におめでとう。入学式は4月12日、武道館で。父兄代理で夫と式典に参加することに。 2日(木) 秋のHC目掛けて我が家でプチ混声合唱団を結成。その第一回目がスタート。男性2人、女性6人。先生は武蔵野音大出身の若い美しい絵理子先生。昨日(23日)二回目があったが、とにかく、メンバーさん皆が心通う同志で、笑いが一杯で、楽しい。先生が推薦の歌も、素晴らしいものばかり。「この海のむこうへ」「小さな空」「ハナミズキ」と3曲まで練習が進む。 4日(土)MIS(Multilateral Interaction with students)のメンバー学生8人が東京から我が家に一泊二日で来訪。東南アジアの学生達とインターネットで議論。我が家は学生8人を収容(❣)女性3人と男性5人に分けて二部屋で何とか。当初は1人はattic(屋根裏)でと用意していたが、結果的に5人全員が4枚の布団で寝たよう。枕の投げ合いはやらなかたようだが、まだ青春真っ只中の学生達である。翌日は全員スキーに出かけ、帰路は、日帰り温泉につかって、満足して帰京していった。それをアレンジし、付き合う夫も80を超えたとは思えないほどの力を出している。私は、もっぱら、彼らの胃袋と生活環境担当官でありながら、話の中にも入って楽しませて貰った。ジジババと大人になった孫のような彼等との隔たりはそんなに大きく感じられないのが正直な感想。 6日は孫No.2の誕生日。(始動が遅れて2日後にお祝いのメッセージ+□を郵送。)この日の夕刻7時にデンマークからのジョニーを連れて毎日Xmasの松尾さんが来訪。彼とはコロナ前に会って以来。近況報告。MISの学生達とのプロジェクトから夫と白熱した議論に。彼の思想と英語力が余りに鋭くて(まさに鋭いという印象)日本の学生の話力、英語力の弱さを痛感。 7日(火)松江から1月に亡くなった兄の嫁が上京して彼等の子供達3人の所を巡回していたので、順子ちゃんのアレンンジで、丸の内ビル5Fのベトナムフレンチ「カサブランカシルク」にて会食を決行。奈美お姉さんは予想以上に元気そうで、いつもの調子だったのでホットした。ただ、腰の調子が良くなくて、杖がわりに小さなショッピングカートを押しながら歩いていたのが痛々しかった。朝子、康子もジョインして、そのうち、昼休みを利用して長男の剛君も加わり、本当に久しぶりで従姉弟たちもこの機会に会えて喜んでいた。約1か月、子供達の所に滞在して松江に帰って行く。それからが淋し日々となると思うと、いろいろ考えさせられる。亡き母のように、最期まで一人で頑張るか、子供たちの誰かのところに一緒に入り込むか、一生最後の大決断に迫られる時が必ず来る筈である。愛猫ミーちゃんのような最後が理想かも知れない。(彼女の自分史については、嬉しいプレゼントが待っている) 8日コロナの為、遠のいていた日光ユネスコ協会の活動タスクの一つ、環境汚染モニタリングを久しぶりで実施。この日は、前日に設置したカプセルの回収作業。鈴木事務局長と初めてのルートを担当。広範囲のため、車での移動となった。 9日は疲れを癒すために週一のゴルフを決行。夫と二人でやることが多い中、実力が拮抗して、お互い、良いライバルとなって真剣に、でも、楽しんでいる。体に少々故障があってもこれだけはやり続けたい。今では贅沢な趣味ではなく、健康的、かつ、経済的なものに。グリーンフィーが何といっても手頃である。スルーであれば3~4000円。日光のゴルフ環境には感謝している。 10日日光市のボラフェス(ボランティアフェスティバル)がコロナの終焉を目の前に、3年振りで開催され、日光清風塾も参加。その搬入に事務局長と立ち会った。パネルに展示物をを貼るのみだったが、支援センター活動の一つでもあり、参加して良かったと思う。当日は行けなかったので写真は撮れなかったが、後で、後の会報用に、センターの方から1枚シェアさせていただいた。 12日(日)今春宇大の大学院を首席で卒業して都内に就職が決まった中国学生石君来訪。一泊して夫とスキーへ。このところ、毎週末夫はスキーに出かけている。怪我をしないことを祈るのみである。 14日(火)東京が全国に先駆けて開花宣言を。驚きである。西の方より先に東京が開花宣言するのは歴史的なこと。気象異常に改めて注目。 15日(水)一年前にいただいた話で、私が出版した「猫が書いた自分史・・外交官の家族の一員になって」という百数ページの淡いピンク色の表紙の本が電子書籍化完了というお知らせを頂く。愛猫のミーちゃんの存在が永久にデジタルの世界に護られることになって大変安堵し、正直嬉しい。彼女との出会いと別れがこういう形で残されることは予想だにしなかったことで、感動を覚える。 16日(木)月一回の英会話クラスの為宇都宮へ。コロナの中ではネットで続けたが、2月より対面に復活。 18日(土)夕刻より宇都宮へ。大野紘平君(23歳)の里帰りコンサート(ふるさとに感謝と名付けて)新しい情報も加わって特別の思いを持ったコンサートとなる。彼には、クラシックを作曲家の心情に達するように演奏するのと、自分流にアレンジして自分の世界の中に引き込んでしまう演奏があって、その技量が天災的で面白い。更に、彼は歌を歌う。彼のテナーの声は聴いていて心地よい。それこそ彼は二刀流の音楽家である。というより、それに即興が加わるので、まさに自由自在に新しい世界観を醸し出すマルティな音楽家と言えよう。聴衆を沸かせるトークと共に、彼はエンターテイナーとしてのピアニストになって行くのかもしれない。ポピュラリズムという言葉が閃く。何人かの友人にも出会った。 20日―22日(月―水)1日に合格発表貰ったムナさんが来訪。一年強ぶりで日光に。我が家へは何度も来ているので、里帰りの心境。娘がもう一人増えた感覚である。東大合格の慶びは世界観を変えるくらいのもの。私達にも驚嘆し、大きな喜びである。日本へはまだ訪れていない彼女の父親からのメッセージには、娘を誇りに思う親としての心情が綴られていた。夫も見事な頑張りを賞賛するメッセージを送っている。夜は夫がステーキを料理。私がスープ作りをやり、祝杯を上げる。今まで、悩むことも多く、東京で1人暮らしながら、実によく耐え、頑張り通した彼女の意志の強さ、負けん気の意地の強さが今回の成功をもたらした。まだ、23歳。これからが本当の意味での勉強になる筈である。彼女は国際機関で働く、国際公務員を目指しているという。是非、目標に向かった進んで行って欲しい。来月4月12日(水)が入学式。私達も父兄代理として出席しようと思っている。今回の日光滞在中はラッキーなことに友人の関係で街中でのコンサートに行くことが出来た。息抜きになったと信じている。そして、今までのように、庭仕事のお手伝いもやってもらった。一杯森の-イオンを吸って貰って。大学院受験を志してる中で、彼女は東京オリンピック、北京冬季オリンピックでもメディア関係の仕事を率先してやってのけた。更に、今度の五月場所での大相撲でも、アナウンサーの横に座って何かアシスタント的な仕事を頼まれた由で、今回、相撲の本を片手に、勝負の決まり手をテレビ観戦しながら、いろいろ訊いていた。やると決めたことへの熱心さが伝わってきた。 その間、9日にはWBCがスタート。オープン戦は対中国。以後予選リーグ戦は3勝で一位通過。トーナメント戦ではチェコ、メキシコを見事に下し、アメリカとの決勝へ。メキシコとの準決勝同様、この決勝も劇的勝利を納め、見事にサムライジャパンは世界の頂点に立った。全試合観戦した。体が震えるほどの感動の連続の中、他の事は手に着かず状態。メディアも連日その感動の場面を伝え続けている。その力たるやプレイする選手も応援する人達も相当であった。2009年の大会には友人の寛子さんとサンディエゴまで行って応援した。息子が院生でインターンとしてWBCのメディアリエゾンオフィサーになったこともあって、彼を応援する意味でも渡米したのである。あの時は準決勝までを観戦。決勝進出を見届けて帰国した。決勝はロスで行われた。息子も映っている優勝パレードの様子が週刊誌に載っていたため、それを今でも大事に保管している。 26日(日)は恒例の日光清風塾講話会。第106回目となる。テーマは「AIとの共存協働について議論しよう」

2023年3月7日火曜日

我が家の女子会3月7日(火)’23

今年1月13に次兄が米寿を3か月後に控えた時に逝ってしまった。一昨年の9月には長兄が米寿を迎えた2カ月後に逝った。あの時、『次は僕の番』なんて冗談めいて言っていた次兄だが、ずっと以前から呼吸器の持病をかかえていた。。コロナの3年間は出歩くことを控えたこともあって、徐々に元気を無くしたように思える。一寸歩いて、しんどい思いをしていたので、随分つらかったのではないかと思う。1月に、コロナがまだ終息していなかった時に、松江の日赤で、限られた家族に看取られて逝った。家族葬となり、松江まで私達は葬儀には参加出来ず、兄の3人の子どもたちが東京から何度も往復しながら、一生懸命母親を支えたことが、救いであった。その義姉が、四十九日を終えて、この3月に上京し子どもたちの所にしばらく順々に滞在するという。それで、本日、私も上京して、長女、次女共々、義姉とその長女と会食。会合場所の丸の内ビルの近くで勤務している長男君も昼休みを利用して急遽ジョイン。兄の家族を元気づけられたらいいなとの思いで会食を思い付いたのだが、皆、元気で明るく、ホッとした。優しい子供たちが母親を良く支えている様子が見てとれて、愛の溢れる家族であることに本当に感謝した。時は流れ、人間の悲喜こもごもを織りなして進み、立ち止まることは無い。その流れに乗って、私達は、与えられた命を楽しみながら全うすべく、学び伝え続けて行くことだと思う。バトンタッチをしながら。走っているときは全力疾走が理想だが、元気が出ない時もあろう。でも、生きていることが奇跡だと思って、明るく歩みたいとつくづく思う日となった。(今年に入ってから、悲しいことに写真がアップロードできなくなっている。)

2023年2月21日火曜日

2月18日、三寒の後の四温の中、久しぶりに夫とお羽黒山詣に。参道入口前の見事な蝋梅の香りに酔いながら215段の石段を登る。社務所で目標達成祈願のお札を貰い、奥の富士見台へ。生憎遠方の山々は霞がかかり、見える筈の富士山は見えなかったが暖かい陽気に暫し佇む。一汗かいた後、昨晩テレビで放映された鹿沼のニラ蕎麦を賞味したくて鹿沼へ一目散。カーナビに翻弄されて2時過ぎに目的地に到着。本日は終了しました、という札を見ながら中に入って交渉する夫。さすがである。念願のニラ蕎麦を初めて賞味。最高でした。

2023年2月16日木曜日

老化対策?

今年に入って、もやもや気分が続いている。寒い中、体を硬直させているせいかもしれない。 それでも週一ペースで寒い中、近場のゴルフ場には出かけている。今年に入って4回。ただスコアが低迷で、行は挑戦意欲ありあり、帰りはフラストが蘇る始末。それでも次に出かける時は意欲が又蘇るって、ゴルフは本当に不思議なスポーツだと思う。 さて、1月も終る頃、19日に一大決心で大枚をはたいてUCanの日本語教師養成講座を受講することに。一週間で教材一式が到着。27日から勉強スタート。先方が私のスケジュールを提案してくれているが、私の信条は何回も繰り返すことなので、ペースを上げてやることにした。テキストは5冊、試験対策問題集3冊、 DVD1枚、聴解対策CD2枚、ガイドブック、添削課題関連書類等。最初の3冊を終えたところなので(先方が立ててくれたプランでは2冊が終わった段階で試験対策問題集の1冊目に入る手筈であるが、もう一度今日からまず最初の1,2冊の復習に入り、試験対策問題No1にかかることにする。 「いざ、すすめ、勝利に向かう勇士のように❣」という歌詞が第九にある。まさにコーラスで目下練習中の曲で、このフレイズが常に頭の中にある。実をもって進むべきなり。10月の闘いに向かって!!

日光清風塾第104回講話会要旨(2023年1月22日)

第104回講話会「ウクライナ戦争の行方と日本経済」要旨 令和5年1月22日(日) ウクライナ戦争に対するフロアからのコメントを列挙 ① ウイーンからの知人が帰国するのに航路変更で料金が倍になるという弊害 ② ウクライナ戦争はいつまで続くのか。国連は無能。国防政策の見直し(悪いことをしなければ無難というのは通らなくなっている) ③ ロシアの考え方が伝わってこない。ロシアの大統領選挙がどうなるかがピン・ポイント 私的願望→・ロシア人はロシアに帰れ      ・ウクライナのインフラ復建はロシアがやるべき ④ キエフでのコンサートの思い出・ウクライナ人の文化程度の高さ・家族連れでの音楽鑑賞光景 ⑤ 大戦争へと発展することはないだろうが、長く続くだろう。 現状 ウクライナがクリミアを奪還しようとしている一方、北側はロシアが攻勢。 NATO軍の出方が最大の問題。ウクライナはドイツのレオパルドII戦車を切望するが、供与することで第三世界大戦に向かうことをNATOは懸念。アメリカはパトリオット供与を決定(今、ウクライナ人を訓練中で3月には始動するだろう)。3月が転機となる。 今後の見通し いくつかのシナリオを挙げてみる。 ① 自分の国は自分で守るというウクライナの戦意が勝る。兵站(軍需物資の量が重要) ② アメリカの強い見方→春までに領土を回復している。 ③ 和平交渉の見通しは暗い。ロシア国内の情勢不安、戦闘での決着は難しい。ロシアは限界を考えながら戦っている様子。どうやったら終わるか。 ロシア国内では戦争に嫌気がさしてきている。プーチンのやり過ぎ、盤石ではない。 ④ 今年度末までにクリミアを回復する可能性はある。 ⑤ 凍土が溶けてから戦況が見えてくる。 日本にとってもウクライナ戦争は大問題。日本の立場は今年のG7ホスト国であり、リーダーシップをいかに発揮出来るかが鍵。支援量としては欧米に比して小さい日本が、どういう支援の継続をしていくかである。 日本の経済はどうなるのか。 ① 物価の高騰(天然ガス、食料品価格が直撃。中国が石油を買い占めに。穀物の値下げの見通し難。戦争経済の実態。 ② 為替相場不安。欧米の物価高騰は日本以上。欧米の金利引き上げ策⇔日本緩和経済継続 円安どうなる?緩和政策は危険(利益を貯めて内部貯蓄。投資しないのは何故?→将来の日本経済に期待が持てない予測→日本経済はシュリンク。人口減少は日本経済の根本的問題。)。 どうする?現政権が謳う新たな資本主義とは?賃金を上げなければ購買力は乏しいままに。異次元の少子化対策とは?何をやりたいと思っているか内容が不明。情報戦争に惑わされない、ハイブリッド戦争の実態を把握し、慎重にウクライナ支援をしていくべき。