2023年11月12日日曜日
BBQ & Home concert at our place surrounded by autumn leaves in November 2023
恒例の紅葉シーズンBBQ&HC 2023年11月5日(日)
2カ月前から本格的に今年の紅葉シーズンBBQ&ホームコンサートの準備にかかる。どのような趣向でやるかは夫が力量発揮。段取りと参加者への呼びかけを二人三脚でスタート。メインゲストはこへまる君こと大野紘平君(24歳の情熱ピアニスト)。昨年から今年は11月5日(日)を設定して彼のスケジュールに入れ込んで貰う。途中で確認を何度となくするも、「勿論、しっかり予定に組んであります」との母君からの確信の元、出し物の問い合わせ、連絡を何度かする。いつも、「大丈夫!」というお返事をいただいて本番を迎えることに。
今年は、夫の強い秘めた思いがあった。病を抱えている長女、朝子を元気づけるため、妹の康子がネットのアプリに誘って音楽の楽しみを共有している様子に励まされ、彼女達にリードして貰って、盛り上げようという念願がモチベーションになっている。そこに紘平君の力を借りて、最大限に盛り上げて行こうというものであった。彼女たちはアプリで意気投合しているベイシストのノブさんこと原口暢弘氏(50代公務員)を誘い、わざわざ大阪から参じて貰った。今回は康子の成長したタレント性にも驚嘆。皆の前で堂々と、笑顔で、トークを交えて、自作の歌を紘平君のピアノ、ノブさんのベース、で披露し、姉のピアノ、ノブさんのベースでマライアキャリーの難しい歌も歌った。大変積極的に感じ良く、聴衆を引き付けての実演に、親を遥かに超えた成長ぶりに頼もしくさえ思えて、この企画に挑戦して良かったとつくづく思った。
一方、3月に立ち上げたプチ合唱団の協力を得て、コンサートの一番バッターにプチがやることを伝え、曲目を決めて、絵理子先生の指導を得て練習を重ねてきた。「小さな空」「この海をこえて」「My way」&「もみじ」の4曲。コンサートで演奏してくれる人には事前に知らせていただいて、母君経由で紘平君にも連絡を入れる。7月の末に第一回目のお披露目を日光清風塾の総会の時にやって以来の聴衆前でのパフォーマンスとなったが、結果的に良いハーモニーが出来ていたとのコメントをノブさんからいただき、有頂天気味。
私自身は朝5時からBBQ食材の仕込み(前日から始めたものもあるが)とセッティングの用意。朝子も早く起きてきて、手伝ってくれた。実は彼女達はノブさん共々前日に来て、曲の合わせ、練習もやり、父親の意向で父親とのコラボをアプリに搭載したり、とにかく楽しくスタートしている。当日は、ホスト側の仕事の手伝いをどんどんやってくれて大助かりした。10時12分には下今市駅に楠本夫妻、才子さん、啓子さん、更に、ムナさんと石原先生(茶道、ピアノの先生であり、着付けもされる万能の女性)が到着。プチグループの明美さんの協力を得て、お迎えに。無事に到着されて、楠本夫妻には何十年振りかでお会いして感動。二台の車で我が家へと急ぐ。家に到着すると、プチ合唱団の人達、紘平君親子は既に到着していて、一気に庭は賑やかなムードになっていた。戦争の始まり。BBQのスタート、椅子並べ、音響のセット、ご挨拶とそれぞれに忙しく慌ただしく動き始めた。お天気はまずまず、気温はあたたかめで、肝心の紅葉が今年は遅れて、まだピークではないのがちょっぴり残念なところであったが、何とかBBQは少し遅れながらもスタート。というのも、11時からスタートという連絡はしたものの、やはり、遅れて到着する人達もあり、東京から車2台でやってくる大学生たち9人も遅れた為、少し時間がずれ込んだ。しかし、全員無事に揃って、夫の挨拶は後にして食事のスタート。和気藹々とそれぞれ歓談しながら、挨拶しながらで皆な活発に食事を楽しんでくれたよう。ホストは口にするのは後回しで、皆の間を歩き回る。そして、1時頃になってコンサートを開始する頃、生憎の雨模様。大急ぎで、室内に移動してやることに。これは想定外だったので、室内がそういう体制にしてなくて、一寸慌てたが、致し方ない。咄嗟の判断にまかせて、36人がリビング二部屋にぎゅうぎゅう詰め状態となったが、文句も出ず、皆協力的に対応してくれえ救われた朝子も康子も明里もこういったことには驚かず、臨機応変に柔軟性を持って対応してくれるので本当に助かった。
コンサートは夫の司会でスタート。まず我々の合唱団から始まり、紘平君の時間に移り、朝子、康子、ノブさんのチーム、学生さん達も含めて予定していた出演者に次次とバトンタッチで、その後は、紘平君が何でも弾いてくれるので歌いたい人がリクエストしてコラボを即席でやるという二度と出来ないような誇り高きパフォーマンスが続行した。大盛り上がり。熱狂的で情熱大陸その物であった。演奏を聴きながら、スイーツを回して適当に食してもらうしかない。沢山のお土産を全部消費することは出来なかったが、いろいろなスイーツを楽しんで貰えたのではないかと思う。5時頃まで続いた。東京に帰る人達を駅まで送るのに松尾さんが手を差し伸べて下さって、これまた大助かり。5時20分には朝子、康子、ノブさん、明里ちゃんを私が駅まで送って行き、道中でのみんなのコメントに酔いしれて、今日のコンサートが大成功だったことをひしひしと感じた。帰ってみると、ゲストはお帰りで、東京からの学生9人とムナさん、石原先生が残り、松尾さんも加わって台所の片づけをやっている。彼女た日のボランティア精神には頭が下がった。今度は夫が時間をかけて作ったうどんスープでのうどんを夕食に。1.5時間ぐらいで、学生達は引き上げて行った。夜の運転が無事でありますようにと祈りながら見送る。松尾さんも手伝った後、帰られた。
ムナさんと石原先生にはお風呂に入っていただき、11時頃就寝。フー!
翌朝は8時にマタマタうどんで朝食。プレミアヨーグルト、リンゴ、コーヒー。彼女たちは10時50分の電車で帰るため、その前に夫が霧降を案内。私は第二弾の客人(義姉達7人が紅葉ランチのため来訪)を迎えるため同行出来なかった。第二弾はお弁当持ち寄りで、私は昨日多めに用意した肉料理と漬物だけ。それでも、余るほどの量で、みんな外で大いにお喋りと食事を楽しみ、3時頃に散会。それから本当の意味での片付けが3時間かかった。洗濯も含めて。
今年の戦争は終わった。無事に終わった。倒れた者は1人もいない戦争だった。皆幸せ顔で去って行った。ありがたや、ありがたや。幸せの戦争もある。
今、この記録と書いて、気持ちが楽になった。さあ、寝よう! 7日午前2時。
2023年10月31日火曜日
いつの間にか11月に
10月31日
しばらくブログから遠ざかってしまった。今年の1月に一大発起で通信教育をやりながら日本語教育資格試験なるものに挑戦してみようと何となく頑張ってきた筈だが、そんなに甘いものではない。10月22日に本番試験が駒場東大の11号館であった。正味4時間の試験はただものではない。問題数が多いこと、時間が足りないこと、何せ、20年前にtoicの試験を受けて以来の経験。試験の準備に真剣さが足りなかったことを反省するばかり。受験生の多さにも圧倒された。ユーキャンで通信教育を地道にゆるりと10カ月かけてやってきたが、そんな生ぬるいものではない。やはり、しごかれながら勉強しなくてはものにならない。ただただ反省のみ。
今年の我々の誕生日はそれぞれにお手製のメッセージとプレゼント交換が出来た。年を重ねて、サンセットブルバードを歩き始めて、お互いの健康を気遣う年にになってきたような。まだそういう年代にはないと、すでに80代に入っていることが他人事のように思えるのだが、年齢は正直である。もう他人からはそのように思われている年であること。でも、サンセットブルバードは早すぎる。昔、ニューヨークである女優の晩年を描いたミュージカルを見たが、最近、それをしきりと思い出す。あでやかで、華やかな一世を風靡した美貌の女優が、1人、人生の終わりに辿り着いた、哀れな様子を描いたもの。ここで、頭に浮かぶのが英訳されたマイ・ウエイである。人生をやり切ったという、ダイナミックな歌い方をしている。元はフランス語の歌だという。フランス語の歌詞はフランス人らしく、男女の戯れをcomme d'habitudeというセリフを繰り返すだけの、軽い、遊び心のある歌詞であるが、英語では重量感があり、壮大で、人生劇最後のカーテンが目の前だといういささか深刻に聞こえないこともない。ただ、十分やり切ったというわが人生に対して自信のある、人生謳歌となっている。今、この3月に立ち上げた、小さな、プチ合唱団で歌っている歌でもあり、毎日、口づざんで歌っている。今週末、5日には、我が家でホームコンサートを企画しており、約30名が集まる予定。東京から、知人、友人、学生達、娘達、地元の人達、さまざまである。歌好きの人達が集まって、どういうパフォーマンスになるか、夫が、いろいろ、盛り上げようと、頭の中をフル回転させている。私は、BBQの準備、ホスト側の仕事を思い、明日は買い出しに壬生まで出かけて来る。さあ、どうなるか。人生、楽しくしなくては、というのが夫の口癖。そのためには一杯の努力が必要。「いざ、進め、勝利を目指す勇士のように」というのが、第九の中にある。これは、カンマーコールで目下練習している日本語版女性三部合唱の第九である。いろいろな歌の文句が頭をかすめているこの頃である。
2023年9月17日日曜日
2023年8月 お盆の後の状況
この1か月の総括記録
7月30日に開催した令和5年度の日光清風塾総会ではインターミッションに3月2日に立ち上げたプチ混声合唱団(9名+指導者)のデビューパーフォーマンスを行った。月2回の5カ月、つまり10回練習した成果はなかなかのもの。Mr.Inabaが録画して下さったおかげで、今後の為のモチベーションが上がった。Eriko先生の指導も優れていて、彼女のソロも好感度が高く、思い切って立ち上げて良かったとつくづく思った。メンバーの半分が清風塾への関心がもう一つというのが不安材料でもあるが、こだわらずに、歌うことの楽しみにフォーカスして続けたいと思う。
さて、8月だが、お盆の後に白内障手術の段取りを5月8日の初検診でもって決定。宇都宮の原眼科に初めて行ったのが5月8日。これも夫が虎ノ門からのアドバイスで地元に近い眼科を勧められたのがきっかけ。しかも、夫に同伴した私が先に手術を決心することに。①5月8日②5月16日③7月4日④8月1日⑤8月8日⑥8月22日、右目手術⑦術後一回目検診⑧術後2回目検診⑨8月25日術後3回目検診・・27日には甥の長男昌宏君の結婚式に出席・・⑩8月29日左目手術⑪術後一回目検診⑫9月1日術後2回目検診・・・両方で2週間かけたが、この間、運動は禁止、洗髪、洗顔はままならず(禁止)だったが、注意して間で決行。白内障手術は順調だった。手術の前後の検診が多いことと、点眼のルーティンの煩わしさはあるが、手術そのものは驚くほど短くて10分程。眼科医の手慣れた術裁きというか、眼球という危険個所をいじくる神業には驚嘆するばかり。1mmでも間違ったら、大変なことになりそうな気がする。これも慣れの賜物かも知れない。
ところが、二回目の手術の後の2回目の検診の日の夕方から、どうも熱っぽい。この数年熱など出したことが無かっただけに、かなり自覚症状があり、検温したら38度を超えていた。心配した夫の決断で、即、翌日2人でDr.Rinの所へ。診療室に入らないで、外で待ったものの、即、薬局へ行って抗体検査をするように指示された。塩野室にわりに近い所の薬局をみつけ、早速、スタッフのサポートを得て別室で検査。私は陽性反応。夫は陰性。ということで、林先生には薬を処方して貰って帰宅。いかに療養すべきか。夫への感染を厳重に避けなければとの思いで、食事の準備とか生活自体を隔離状態で進めなければならない。案じていたら、夫はすばやく、入院の手配を。難しい状況の中だったが、友人のサポートで、即、入院することに。結果的に9月3日~5日、3泊4日の独房生活。2人部屋ながら、もう一つのベッドは空いていたので、1人部屋同然。しかしながら、何と手持ち無沙汰だったことか。テレビは無料で使えたが、本を読む気にもならないし、運動のための体操も術後まもないのでままならない。一番衝撃的だったのは簡易トイレ。ベッドのすぐ脇に置かれたトイレは分厚いビニール素材で丸く便座の中に広がり、凝固粉末剤を入れて用を足し、電気スイッチで見事に排泄物が固められながらビニール素材を絞るように底へ押し込んで行く。最終的には便器の底に落とされて床に鎮座する形となる。それをそっと床の隅に移動させておくと、後で、看護師がピックアップして始末してくれる。初めはぎこちなく、必要にせまられて3,4回経験すると、ベテランの域に達し、愛着さえ覚えるようになる。ベッド脇に蓋もせず、大きく口を開けたままに鎮座していても違和感はなくなり、退院する時の愛着感は不思議なくらいであった。一つ一つの器具が常に患者に寄り添う形で進化して行っているのだろう。それだけ、患者の尊厳を護り、下々の世話を極力自分で出来るように工夫考慮されてきているのだろう。ただ、2人部屋の相棒が居る場合は、どうだろう。カーテン一つで個人の尊厳が保てるかどうか、疑問である。それも慣れが解決するのかもしれないが。看護士の割り切った、テキパキした仕事振りにも注目。いろいいろな患者さんを相手に、弱さを抱えている人間相手のお仕事である。相当な愛情と訓練が無いと続かないだろう。今回の入院で得た新たな見識である。ましてやコロナ病棟では、重症患者さんのケアをされる看護師達は並みではなかろう。
実は、入院して熱も下がり、喉の痛みも弱まったので、3日目に退院しようとしたが、直前に図った血圧が異常な高さで、何度測っても220以上。簡易血圧計で自分で測るように指示されて、何回測ってもこの数字には驚くばかり。退院すべく脇の階段を下りていきながら、看護師さんに血圧の高さを訴えたら、もう一泊して様子を見ますかと言われた。荷物を持って部屋を出て脇の出入り口で夫と待ち合わせをしていたものの、夫も心配して一日伸ばした経緯がある。自覚症状から、この数字はおかしいと思っていたものの、実際が不明なので、又部屋に戻ったのだが、今思うと、血圧計が正常ではなかったと確信している。無駄に一日余計に独房生活をしてストレスもかなり上がったよおうに思う。ともあれ、退院する9月6日の朝5時の窓からの朝焼けの美しかったこと!携帯に撮ってあるが、写真コンテストにでっも出したいくらいの写真が撮れた。良い土産が出来た。SNSに搭載した。コロナで入院した証に。
今日は9月17日。11日(月)には夫が東京へ行った留守だったこともあり、夕方になって豪雨で台無しになったワサビ田のネットの取り外しに着手。2時間半の作業。暗くなったので、残りの周辺の草刈りは翌朝に。12日の朝5時に池に向かった時の朝靄の何と美しかったこと!これもスマホに納めてある。被害を受けたワサビ田を覆うように、朝靄が朝陽に映えてピンク色になっていたのである。心が、大きく開き、踊るようだった。13日には通信教育の最期の添削テストも投函してモチベーションは全開復活。14日にはプチコーラスの為に駐車場の草刈りを早朝に決行。15日からEECCクラスも再開して、今日に至っている。
明日は早朝3時に、ラグビーの第二試合が生中継される。今度は対イングランド戦である。さあ、どうなるか。
2023年8月15日火曜日
2023年の盆休み(8月11日~15日)My children's families coming to our place for Bon festival
2023年8月11日~15日 盆休み 8月15日 終戦記念日に記す。
11日夕刻、丁度ナデシコJapanが8強目指してスエーデンとの対戦が終わった頃(㏘6)町田組が安達太良山の登頂を終えて我が家に到着。ナデシコJapanを一緒に応援する予定だったが、案の定渋滞に嵌って遅く到着。とにかく町田組は父親の采配でアウトドア活動が活発。本人が100名山を3回(最初は自分自身の為、二回目は彼の父親をガイド、三回目は息子(当時まだ小学五年生)をガイド)踏破するほど、山登りへの思い入れが強いことが家族にも影響を齎している。山登りの為に仕事をしている向きが感じられる。
その夜は彼らの家族と団欒。しかし、男性軍(父親と息子の高校2年の星太君)は翌日、市川組が来晃して2時間強の間に夕食(チタケの天ぷらをメインに、インゲン、ごぼう、玉ねぎ、サツマイモの天ぷらでソーメンを用意。特製ソーセージとサラダ&昼用にテイクアウトしたミラノピザも美味しかった。)を共にした後町田へ帰って行った。道生氏が仕事があり、星太君が部活(グラホ)がある為。12日の夜は市川組5人(里子ちゃんの大樹君4歳も一緒)と町田組の女性軍でワイワイ。特に、朝子と康子のNanaアプリ用コラボ作成の様子は羨ましいほど楽しそう。音楽を楽しめる人に育ってくれて本当に良かった。後の人達はカードゲームで大賑わい。76回全英女子オープンも観戦。16人日本女性が参戦して、6人が予選突破。2019年の覇者、澁野日向子は又予選落ち。非常に苦しい時期かも。
13日は彼等全員(我々老夫婦を残して)近場の市営プールへ。昼はミートソーススパゲティを用意。非常に喜んで食べてくれた。台風7号の影響で天気はunstable. 従って、庭と室内を行き来しながら子供達はエネルギーを発散。爺は雨の中、草刈り続行。3時頃、土沢より宏志君、ユキちゃん夫婦with 美和ちゃん、昌宏君&裕子さん、来訪。彼等とのお喋りは実に楽しかった。昌宏君の快活で、如才のない話しぶりにはなかなか好感度が高い。彼は皆に好かれるとハヤ姉が言っていたのがよく解る。昨年9月1日にオープンした彼オリジナルの革製品店が間もなく1年を迎える。その前に今月末に彼らは挙式する。いよいよ本格的に新たな人生の門出を迎える。顧客も増えるだろう。2時間程の充実したお喋りをして、彼らは帰って行った。
夕食の準備をしている間に彼らは正男爺も一緒に温泉へ。私にとっては丁度良かった。夕食はRosemaryからのレシピー、Veal Parmegiana(Austrian dish)を用意。皆大喜び食べてくれた。特に、子供達が初めて食べるのに、いきなり喜んで沢山食べてくれて大成功。そしてお喋りが続く。ゲーム遊びも。ゴルフ観戦も。
14日。12時頃就寝しても、5時には目が覚める。朝のルーティンもこなす。雨模様のため、室内でのんびりというか、子どもたちはだらだら。それでもお腹は空く。厨房担当の私は汗だらだら状態。買い物にも行くし、食事の世話もやる。まだまだやれる自分を褒めたい気分。とはいえ、朝食も昼食もleft overで済ませた感に罪悪感がつのる。冷蔵庫が一杯というのもある。子供達は正直である。美味しいものは一杯食べるし、そうでない物には手を付けない。いろいろ学ぶことが多い。市川組は大ちゃんの保育園も始まっているので、昼過ぎにそれこそ台風のように去って行った。町田組の女性軍はもう一晩滞在してくれた。明里ちゃんが余り口を開かないのが一寸淋しい。成長過程で今はそういう時期なのかも。物事を良く観察し、想像し、文章と絵での表現力には凄いものがあるのに、口は余り動かさない。4コマ漫画など、あっという間に作成してしまう子である。大変個性的。今は母親と異なって全く社交的ではない。将来の逸材を予感。
15日も雨模様。午前中はゆっくりのんびり。朝子とのお喋りを楽しむ。明里ちゃんは依然と違って、手を動かさない。ソファーに寝そべるだけ。不思議な子である。あれで、頭の中はいろいろ回転しているのだろう。彼女たちは爺も一緒に、午後1時過ぎのローカル線で帰って行った。私は、大洗濯。そして、夫の作業ズボンの修理。そして、ようやく、受験勉強に本腰を入れなくては。その前にEECC用の教材を作成してホットする。2時間ほど勉強。
お疲れさまでした!!
2023年7月26日水曜日
7月21日(金)タイ王国大使館訪問
炎天下の7月21日、日光清風塾の企画による🇹🇭大使館訪問が実現した。5月下旬あたりからプランを練り出して塾長が当大使館との交渉の結果、日程が決まってから準備の段取りに入る。昨年の🇮🇩大使館訪問の経験を踏まえて要領は心得ていたもののやはり、細心の詰めが必要。いろいろあったが無事に実施出来た。何より、シントン大使のウェルカムスピーチが素晴らしい。タイと日本の長くて親密な関係、近年は経済関係が強いこと、人口は倍半分でありながら、コロナ前は双方への観光客の数が余り変わらないくらいであったこと。コロナ規制が緩和された今では、タイからの観光客は7割戻ったが、日本からタイへの観光客はまだ4割程度。円安の要因もあろう。日本が一番の人気の国であること、北海道のスキーリゾートホテルに投資して経営を行ったお話もあった。7月1日にはセントラルグランドホテル大阪を難波にオープン。近く、京都にもオープンする由。驚いたのは、大使ご自身が高校から大学、大学院を通じて日本で勉強されていて、流暢な日本語で話されたこと。「私は日本人ではありません。タイ人です」と言われた時、思わず会場には笑い声が。大変穏やかで、お人柄に親しみを感じさせられた。更に次席の参事官公使も仏教精神を学ぶ体験を生活の中に取り入れるタイ人(男性)の伝統などを日本語で話され、質疑応答が大変盛り上がり、素晴らしい交流が出来た。今回も、東大に組織を置く学生ぐループ IMS(Mutual Interaction with Students)から8人が参加したことがこのイベントをアップグレードしてくれた。清風塾事務局長に日光PRを英語で挑戦して貰ったことも良い刺激になったと思う。時間の関係で準備していたタイの可愛い「象さん」の歌を皆んなで歌うことは出来なかったが主目的の親善交流は出来たと思う。
2023年7月14日金曜日
2023年7月2日(日)セレブな経験
7月2日 友人のTさん(商業施設、文化施設、総合建築、イベント、広告代理のプラニング、デザイン、設計、施工を受け持つ会社重役)のアレンジで女性3人が一日奥日光のセレブ紀行を実現。女性は我が家に集結、待機。Tさんの日本最高の高級車レクサス350を目の前にして、唖然。こんな車に乗せて貰うなんて、現実離れをした一日のスタート。3か月待って入荷されたとのこと。助手席に乗せて貰って、宇宙にでも飛び出すような感覚になった。センサーですべてが動き、アナログの無い世界とでも言おうか。とてもとても、私など運転出来そうもない、別世界の車に乗車して、女性陣は羨望の夢心地であった。日曜日なので道は混むかと思いきや、意外にスムースにいろは坂を上り、半時間で奥日光へ。
まず、お勧めの自然博物館へ。ベルギー王国と栃木県が友好都市を築いて100年(?)の記念の年ということで、まだベルギー大使館に使用されている「ベルギー王国大使館別荘特別公開」が今日のプログラムの主目的であるが、それにあわせて、自然博物館前にはベルギー王国マルシェが開かれていた。霧降で営業する菓子工房Garconがオリジナル商品を販売していた。珍しいショウガ入り生チョコをゲット。時々買いに行く菓子工房なので、パティシエさんにいつか、私の孫が小5の時、百名山を登頂制覇した記念に、オリジナルデコレーションケーキを作って貰ったことを話したら、思い出してくれた。
そして、日光自然博物館が今回リニューアルされて、かなりアップグレイドされていて感動した。大きなスクリーンが二つ設置されて、日光の四季を紹介した映像は素晴らしかった。孫達に是非見せてやりたいと思った。館内には山林が造形され、スマホテクノロジーを使って、いろいろ面白い映像が捉えられるように仕掛けされていて、子どもたちが大いに喜ぶように出来ている。現代の博物館である。
次は、11時半目標に昼食かねて、アフターヌーンティーを予約してあるリッツ・カールトンへ。噂には聞いていたが、超高級感溢れるホテル。1か月前にG7男女共同参画推進大臣会議が行われた所である。インテリアがあか抜けているし、スタッフもなかなか洗練されている。眺望が最高のロケーションにあり、裕福層をターゲットに建設されたホテルだが、意外や意外、若い人達で溢れていた。外国人が多いのはわかるが、日本の若者もこういうホテルに来て、お茶している、宿泊もしているのには驚いた。沢山写真を撮ったのだが、この投稿サイトは残念ながらウイルスに邪魔されたようで、写真が掲載出来ないのが何とも腹立たしい。シェフ達をとりしきる、チーフシェフとTさんは顔見知りで、我々のテーブルに来ていただいて、いろいろお話が出来た。日光の前は沖縄のリッツ・カールトンで働いていたとのこと。出身は茨木。熊さんのように大きくて、強そうな、それでいて優しそうな人柄とお見受けした。自然博物館で熊との写真を撮ったが、このシェフ(田中さん?)はリッツ・カールトンの熊さんだ、と一緒に同行していた長谷川さんが見事にネーミングした。食材はすべて地元の物を入荷しているとのこと。日光を大いにPRされているよう。コロナも終息して、今や、こういう高級ホテルも上り調子でお客さんが来ている様子であった。
さて、盛沢山のスイーツを賞味して、工夫されたオリジナルな5種類のお茶をいただいて、大満足。ホテル内を案内していただいて(個室と会議室は見れなかったが、)インテリアや、洋食レストラン、和食レストランの一角も見学。回廊も又素敵であった。極めつけは、中禅寺湖を全貌見渡せるロケーションである。幸い、雨が多いこの季節に、珍しく天気に恵まれ、満足度も最高であった。
いよいよ、本日のメインのベルギの-大使館別荘見学にはいる。応募して抽選に当たった人達だけが入れるわけで、Tさんには本当に感謝である。8年前に、地元新聞記者に同行して、この別荘の取材をアシストしたことがあるが、あの時は、次席の家族が週末に憩っているところで平素の別荘の姿を拝見した。今回は、特別公開ということで、テーブルセッティングがされていたり、旗が飾られていたり、磨かれていた。この別荘はホテルオークラの創業者、大倉財閥二代目の大倉喜七朗男爵が、ベルギー王国大使館の夏季別荘とするため、当時のベルギー王国のアルべート国王に寄贈したもの。現役の大使館別荘として使われている。1928年(S3)年に建てられ、今年で98周年を迎える。河畔に建つ他の大使館別荘が日本の建築様式を取り入れているのに対し、唯一、純洋風の建築様式で建てられている。こじんまりしていて、家族が憩うには最適なサイズであり、最高のロケーションにある。
最期に、別荘見学の次に、もう一カ所、二荒山神社での特別展示会に案内して貰った。皇室ゆかりの秘宝、国宝・重要文化財指定の名刀の数々、荘厳な金銅装神輿・馬具・薙刀、男体山頂遺跡出土品などが一般公開されていた。凄いものばかり。人間より長い神刀の迫力は凄かった。
というわけで、レクサスに乗っての奥日光詣で、それも、平素見られない所を見学した一日となり、大いに、気分も保養というより高揚した経験をさせていただいた。二度と無い経験と言える。
2023年6月29日木曜日
生還
6月26日
夫は予定通り上海から羽田に無事到着。高速バスで宇都宮経由で帰ると言うので車で迎えに向かったところ、日光街道に入った途端に大雨となる。線状降水帯を思わせる降り方で、前が見えない。恐る恐るのスロー運転で何とかバス停に辿り着いた。今回の中国行きはいろいろあって心配していたが、元気でしかも体重を増やしての帰国で安堵した。3年半ぶりの中国は田舎にも高速道路や新幹線が貫通して、とにかく大都会化している由。大都会の大型高級車がバンバン飛ぶように流れているところから帰ってくると、地元の余りの静寂さに今更ながら驚いている様子。何が大変だったって、毎日豪勢な食事の連続で、あっぷあっぷ状態。大変な歓待で、嬉しい悲鳴を秘めての3週間だったよう。そもそも退官してから、毎年出かけてきているが、その都度中国の近代化の速さに驚いている。人口、国の大きさが並外れているので、その変貌ぶりは相当なのだろ。とにかく、無事で良かった。
今日は(29日)同期夫人のランチ会が5年振りにあり、東京まで出かけて来た。今回は人数的には7人で少人数であったが、何せ、コロナ禍を挟んで5年振りなので、積もる話でかなり賑わった。N夫人は滋賀県からわざわざ参加され、彼女は、医者通いが皆無で、コロナワクチンも無接種とのこと。この年代で、こういう健康な方は珍しい。食事だけは気を付けているとのこと。病気の話が多い中で、彼女の存在は大変刺激になった。ランチの後は安田生命会館に隣接した静嘉堂丸の内文庫美術館を見学。サムライのおしゃれと題した展覧会。印籠・根付け・刀装具・風俗画屏風・・後藤象二郎を取り巻く宝物の数々。特に、印籠と根付けの芸術性には感銘した。漆、金細工、象牙彫、木彫、陶器、細かい彫とデザインにはただただ感心するばかり。昔の人の手作り作品の凄さに改めて驚嘆するばかり。こんなに沢山の印籠・根付けを鑑賞したのは初めてかも知れない。
というわけで、今日はいろいろ刺激を受けた日となった。そして、夜は、京大時代の友人とのズームチャットの日。月1回、日光、東京、徳島、パリを繋いでのお喋りなのだが、今回は東京の友人は脚の不具合で入院中で不参加。パリの彼女はばたばた日となってすっかり、約束が抜けたとのこと。結果的に徳島の友人と二人だけのお喋りになった。一カ月に一回のズームでのお喋りも、友人の元気なお顔が見れてお互いに励まされるのはありがたいこと。Let's keep going!
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