ページ

2012年5月19日土曜日

三毛子 (23)

三毛子 (23)

二人がブルネイという東南アジアの一角に二年余り行っていた時、よく一人で耐えたと思う。最初は気が狂いそうだった。でも、食べ物と水はいつもあり、トイレもきれいにしてあったのであとは気持ちの持ち方だと言い聞かせて何とか我慢出来た。そして、一人暮らしに慣れた頃に、二人が帰ってきて又生活のテンポがかわって行った。変化に慣れるのが速い。一人の生活に慣れていたはずなのに、今では又、一人ぼっちにされるのはたまらない。とにかく、家の中ではおかあさんの後をくっついて歩いていた。


でも、ニューヨークに行く前にも一度やったが、今度も又、家に入れなくてさまよったことがあった。それは、おかあさんが買い物から帰って、ドアを開けたまま一杯レジ袋を中に入れている間に起きてしまった。ずっと家の中ばかりにいるわたしにとっては、ドアがしばらく開けっ放しになった時が外の空気を吸う唯一のチャンスとなる。その時がまさに絶好のチャンスだった。わたしは思い切ってレジ袋を飛び越えてアパートの外廊下に出た。外廊下は塀があるので外は全然見えない。上を見ると青い空が広がっていた。廊下を歩いて階段の所まで行くと、最上階なのに、更に半階段ほど上にも階段があった。

猫は上に昇る方が好きである。昇ってみるとそこはビルの屋上になっていて鉄柵があった。鍵がかかっているので人間様は入れない。空調や電気関係の機械が一杯おいてあるので子供が入ると危険な所である。でも猫にとっては鉄柵だってすり抜けられる。わたしはその柵をすり抜けてあたりを用心深くパトロールしてみた。でも草も無いし、面白そうなものは何もなかった。初めてみる世界でかなりショックだったのかもしれない。わたしは鉄柵の近くに戻ってしばらく様子を見ることにした。

その日はそのまま日が暮れてあたりは真っ暗になっていった。どうしてこんなところに来てしまったのか、自分でも次第に気が動転して行った。鉄柵を逆戻りしてすり抜ければ家に帰れる筈なのに、それが出来ない。体が硬直してしまったように。私はそこから離れないでずっとそこに座り続けていた。おかあさんが迎えに来てくれるのを待機していたというのでもない。とにかく放心状態だったというしかない。回りは機械のうなる音だけで、怖くなって身動きできなくなっていった。



0 件のコメント:

コメントを投稿