第五章 再び多摩での一人暮らし(2001~2003)
二年前にやっとおとうさんとおかあさんが、ブルネイという暑い国での仕事を終えて多摩に戻り、日本での生活が始まってわたしにとっては平穏な日々が続いていた。途中で、一寸した不注意から行方不明となり、失踪事件を起こしてしまったことはあったが、それも平和ボケに喝を入れたような出来事であった。二人のお姉さんもお兄さんもみんな職場や学校に近い所に住んでいて、普段はおとうさんとおかあさんとわたしの三人だけで静かであった。昼間は一人で留守をすることが多かったが、夜は明るい電気の下でおかあさんの側に居て時々頭や背中を撫でてもらうのが楽しみであった。
それなのに、又、河合家に動きが出た。2000年も終わろうとする頃、丁度発展途上国からの研修員の為に、コーディネーターとしてあるコースに就いて仕事をしていたおかあさんの所におとうさんから電話が入った。
「来年早々にノルウェーに行くことになりそうだ」と。
おかあさんは今度はとてつもなく寒くて遠い国だと咄嗟に思ったらしい。
「今度は、毛穴をしっかり閉じてかからなくては!」
持っていく物もブルネイの時とはまるで違ってくる。それより三月にノルウェーの国王女王両陛下の日本への公式訪問が予定されているとのこと。これは今まで経験したことのない一大行事にかかわることになる。当然、おとうさんは覚悟して心を引き締め、情報を集めて準備にかかることになるし、おかあさんも指示に従って又動き回ることが予想された。特命全権大使という立場はブルネイで一度経験したとは言え、今度は又、両国の関係から異なった準備や勉強が必要になる。時間はあるだろうか。わたしは、二人の様子から緊張感が増し、わたし自身は一体どうなるのだろうと戦々恐々としていた。
お正月が過ぎ、おかあさんも仕事を一段落していよいよ気忙しく北への道、ノルウェーに向けて動き始めた。今度は日本からなので、前回のようにお兄さんの学校がからんだ複雑な計画に悩まされることは無かったようだが、元首の公式訪問という次元の異なる未経験の任務が控えている。外務省からの情報や指示に従って準備はスタートしたが、これまた閣議の都合で、はっきりした認証式の日取りが決まらず、おかあさんとしては、留守中の手続き、手配、引っ越しの段取りが気にかかる。毎日がスタンバイ状態で、実際に着任の日が決まったのは二週間前ぐらいだったと思う。その間、わたしのこともどうするか頭を悩ませていたようだが、泣く泣くわたしは又一人、多摩の家に残される運命におかれてしまった。
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