7月5日 梅雨時の雨模様の中、夫の友人からの勧めで「急に具合が悪くなる」という一寸変わったタイトルの映画を見た。5時50分~9時10分、3時間半の映画。越中島グループの啓子さんからラインでこの映画のことは知っていた。浜口竜介監督による映画で、この浜口氏は啓子さんの友人の家族であり、二人の女性主人公が揃ってカンヌ映画祭で主演賞を獲得したこと。浜口監督と言えば、作品を出すたびに賞を獲得している人。タイトルから、さほどシリアスなものでは無いと思っていたところが、哲学的でリアルな問題で、知性と人間の尊厳を思慮する知性を持ち合わせた二人の女性の会話が静かに、鋭く、深く体のどこかに突き刺さるように時間が流れ、長時間の鑑賞もあっという間に終わった感がした。
キーワードはユマニチュード。フランス発祥のケア技法。単なる介護技術を超えて「人間を人間として扱う事」が根本になり、人と人が魂を通わせ合うコミュニケーションの象徴としている。尊厳の回復と意志疎通の象徴。ユマニチュードの基本要素は四つ。「見る」「話す」「触れる」「立つ」。相手を管理、統制するのではない。尊厳を持った一人の人間として認めるための実践として描かれている。
効率、利益優先の資本主義への闘いともなる。冷徹な社会構造に対する抵抗が見られる。ヴィルジニー・エフィラ(仏人女優)演じるマリー=ルーは介護施設でユマニチュードの理想を導入しようと奮闘する医療人類学者。だが人手不足やコスト、目先の効率性を求める資本主義的な仕組みの壁にぶつかる。がん闘病の哲学者であり舞台演出家の真理と偶然出会ったことが、自分自身と人生にどう向き合っていくのかという深い思索に入り込み、この二人の女性の対話の広がりが圧巻である。真理が急に具合が悪くなることを告白したことがマリーを揺さぶることに。
「ケアする側」と「ケアされる側」の双方向性にキーはある。よりよくケアすることによりケアする側の尊厳も保たれるという哲学に深い共鳴がある。依存し、頼り合うことで初めて「人と人の繋がり、関連性」が生まれるというケアの双方向性の解釈が核となっている。
作中でのユマニチュードは、認知症ケアの枠組みを飛び越えて、私達が他者と共に生き、一人の人間として関係を結んでいくための倫理や姿勢として深く解釈される。
因みに、真理を演じた岡田多緒さんの演技は余り無いがその語り口には魅せられた。落ち着いて、説得力があり、フランス語も上手。体からのエネルギーは無に等しいが丁寧で知的な会話にはバイタリティーが感じられる。長い長方形の俎板のようなイメージで人間臭さが無いが秘めた人間の知性と能力を感じる。
もう一度見たい映画である。
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