三毛子(13)
二時間もたたないうちにおかあさんは戻ってきた。しかも、何事も無かったかのように、いつもの良い姿勢で部屋に入ってきた。嬉しいというより驚いた。あのエビのようにまるくなって苦しそうだった体はすっかり伸びていた。何十本かの針を背中にさしてもらったそうで、刺した後、三十分後には、嘘みたいに痛みがきえたようだ。夕方帰宅したおとうさんにそんなことを言っていた。良かった! おとうさんだけでなく、わたしもホッとした。これで二日後にせまった帰国の途に予定通りつくことが出来る。それにしてもこれからも起こり得ることなので、おかあさんには無理をしてほしくないと思った。おかあさんの膝に乗って一生懸命甘えることにした。
お兄さんはそのままニューヨーク郊外にある週末だけお世話になるYさんのお宅に移り、わたしたち三人はケネディ空港を飛び立った。出国手続きは健康診断書と予防注射証明書を見せるだけで、おとうさん、おかあさんと一緒に税関を無事通過。機内は広くても狭くてもわたしには関係なかった。わたし専用のバスケットの中に入れられたままの長旅である。でも、ニューヨークへ行くときは、成田からケネディまでノンストップで長時間、バスケットのすきまから手を出してボクシングをやりながら大騒ぎをした。今度は一度、サンフランシスコで降りたのであまり騒ぐ時間は無かった。でも泣き続けたので喉がかわき、こつのわかったおかあさんは私をバスケットごとトイレに連れ込んでくれた。狭いトイレの隅に、水を入れたコップを置いてくれたのですぐ飲むことが出来た。飲むと人間と同じように、トイレがしたくなる。そこもわかっていて、おかあさんは砂を用意してくれた。飛行機の中で、こんな細かいことをする人はいないだろう。おかあさんはちゃんとわたしが必要とすることをやってくれた。人間の言葉で世話をしてくれるが不思議なことに私にはそれがわかり、質問することもなく、問題はクリア出来た。おかげで、飛行機の中でもそそうすることもなく、立派なパッセンジャーでいられた。
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