2020年12月12日(土)「外交官夫人の妻として家族と共に歩んだ世界」の続編を書くという構想はかれこれ3、4年前からあった。しかし、なかなか捗らなかった。途中で何度か挫折し、モチベーションが鈍り、一時は絶望的になって諦めそうになった。時系列に過去の出来事を記述して、何になるだろうとも思った。そんな時、長女の朝子の「お母さんの将来の夢は何?」という問いかけが、疎かになっていた自分の生き方を見つめ直すきっかけになった。そして、平成が令和へ改元された2019年5月が我々の金婚式と合致するという大きな節目を迎えたタイミングにこの構想の作業のエンジンがスタートした。それでも雑用や所要で中断を重ねる中で時間は待った無しに突き進んで行った。そこへ、世の中を大混乱と恐怖に陥れる問題が発生した。新型コロナウイルスの感染拡大である。全く予期しないこのパンデミックに世の中が翻弄され、命の保障も危うい事態となっている。もう待った無しである。3人の子供達、6人の孫達が、夫々の道を歩む過程でいろいろな問題にぶつかったり、あるいは愉快なことに出会ったりしながら、ふと、彼らの両親、祖父母のことを思い出し、少しでもその生き様に関心を持ってくれることを願って作業を進めてきた。彼らに私の心が伝わることを願って今、237頁書きa上げたところである。(とりあえず79歳の誕生日を書き上げた日付とした。)
2020年12月13日日曜日
最後の自分史 「その後の歩み・・・」
2020年11月18日水曜日
Achilles' tenndon 騒動続く10月29日~2,3カ月?
◎10月29日(木)に映画館内で暗がりの中、夫が段差を踏み外してアキレス腱断裂を引き起こしてから難儀な日が続いた。怪我の当日夜(映画は痛さを我慢して鑑賞)帰宅途中で整体師の所に。やはり、アキレス腱に問題ありで、翌日病院行きとなった。検査結果明らかにアキレス腱が断裂していることがわかり、結局、スポーツを早くやれるようにと手術を選択。2日に入院、4日に手術。担当医師は高田知史先生。若いいかにも外科医らしい先生でホットする。7日には紅葉目当てに来客を予定していることから、装具が出来る前の6日に退院。松葉杖使用が難儀この上なし。庭でBBQパーティーをやりながらのおもてなしの為、車椅子を社協から拝借。当日は9時半に来訪した東京からの二人の中国人男性(JETRO職員と中国の携帯会社ファーウエイに続くOPPOという会社を立ち上げた32歳の気鋭社長)を私が山内を案内。東照宮、二荒山神社の境内を歩き、大猶院を参拝。金閣院では丁度お坊さんの説明に出会い、私自身も改めて知識を得たところがあった。丁度家光公生誕370年記念で、家光公の座像が公開してあった。彼らも、大猶院のいぶし銀の美しさに魅了されたようだった。丁度紅葉真っ盛りのタイミングであり、好天気にも恵まれて、2時間の山内歩きは上々。予定通り11時半に戻ると、宇大留学生の遅君も、東京からのもう一組も到着していて、BBQの準備にかかる。その前に、紅葉に輝く桃源郷を案内。夫は、この紅葉の季節を迎えて、美しく映えているところを、客人に見て貰いたい一心で、この一年、森をケアしてきたのである。本人が、案内出来ない残念な思いがひしひしと伝わってくる。早朝から下ごしらえ等、段取りは取っていたので、まずまずのおもてなしは出来たと思う。アメリカと違って、日本では一般に、BBQは全員が火の回りに立ってお肉を焼くという習慣は無い。本来は、皆で、火の傍に集まり、おしゃべりしながら、焼きながら、食を共にするのだが、このコロナ禍の中、ソシャルディスタンスを保る意味では、これが妥当。2時頃に屋内に移動し、歌の披露。次の予定の為、4時ごろ彼らは帰路に。ともかく、術後のまだ落ち着かない足をかばいながら、何とか、おもてなしが出来たことに、夫は安堵し、一週間後に迎える第二弾への対応の仕方に自信がついたようだった。
◎9日に術後第一回目の診察。傷口はきれいだった。続いてリハビリ開始。約1時間。14日第二回診察に先立って装具の寸法図り。(8万相当)続いてリハビリ。翌日15日は第二弾の来客。一週間前の経験から、要領がよくなって、少しは楽な気分でおもてなしが出来た。埼玉から小野寺夫妻とその友人、東京から土井千亜細紀さん、そして、遅君が今回も手伝ってくれた。そして翌日は三回目の診察。この日に装具完成で、着装。踵を地につけて良いということで、大分歩行が楽になったよう。とにかく、診察とリハビリがセットになっていて、この日も約1時間、リハビリ。次回はリハビリだけで診察は二週間後ということで、大分、快方に向かって進んでいるのが納得できる。それにしても持久戦なので、後2カ月は忍耐を要する。 介護のはしりというか、予行演習になったような気がしている。
2020年11月5日木曜日
「鬼滅の刃」がもたらしたもの 10月29日~11月4日
10月29日(木)夫のイニシャチブで午後から宇都宮東宝シネマへ。
このような克明な登山計画書 というものを、どんな山に登る 時も、家族に残して出かける そうだ。 |
。
2020年10月21日水曜日
10月は誕生日続き Birthday rush in October
10月10日、17日、20日、母が生存していたら更に10月15日。
10日はアメリカのアマーストにいる3歳上の親友、17日は夫、そして20日が私。
今年はコロナ騒ぎで余り賑やかには誕生会が出来なかったが、それでも、この特別な日はやはりそれなりに、人生の節目としてスポットを当てたくなる。17日は前日から三鷹に住む息子の所に出かけた。この7
月に前と同じマンション内の新居に移ったのだが、初めて新居を拝見。リニューアルが自分たちの要望通りに出来たようで、お洒落な、いかにも若い家族が使いやすいようになっていて、嬉しくもあり、羨ましくもあり。IT活用が出来た住まいとなっている。翌日は近場のレストランで夫の誕生祝のランチをやってくれた。この日に予定されていた幼稚園年長さんの運動会は雨の為翌日に。おかげで、孫達とゲーム遊びを沢山した。神経衰弱ゲームでは幼稚園生に完敗する始末。記憶力というより、ビジュアルで頭に入るのかも。面白い経験であった。その日に日光に戻り、今度は20日が私の誕生日。新聞には毎年欠かさず、上皇豪さまの誕生日記念の記事が出る。今年は86歳になられる(1934年~)。同じ日が誕生日であることは大変な名誉なこと。今日は宇都宮でのアシュラン基礎化粧品メーカーのスキンケアセミナーに4,5年ぶりで参加。夜は夫の配慮で昨秋オープンした妙月坊ステーキハウスで200gのステーキを賞味した。完食したものの、実は明日の重さがきになっているところである。年に一回だから、というのにはもう自重すべきかも。今年は、お肌のケアとスタミナ・パワーのアップをやった日となった。2020年9月29日火曜日
第84回日光清風塾講話会 2020年9月27日(日)
第84回日光清風塾講話会 9月27日「アメリカ大統領選とその後の世界について議論しよう」
選挙の仕組みが分かりにくいが、アメリカは世界の為にどう行動をとるべきかを念頭におきながら、まずフロアからの問題提起を拾う。
②大統領選挙が分かりにくい。過去にも5回、投票数の少ない人が大統領になっている。
③バイデンが優位という報道の真偽の程は?トランプには隠れた力が動いていると言われる(前回もヒラリーが優位と言われながら結果はトランプが勝利)。
④サイバー攻撃の問題。外の勢力が入ってくる。選挙に限らず、外からの攻撃は増加する。
⑤司法の独立性の問題。独裁者の采配力、行政優位の状況を生み出そうとしている。
⑥戦後75年に確立してきた米中心システムをトランプは全てぶち壊そうとしている。リーダーシップの信用性の問題。世界の秩序を乱してきている。
⑦アメリカに比べて日本は呑気。(自己批判)アメリカは燃え上がっているが日本は静か。
⑧大統領の考えだけで、国際機関から勝手に脱退したり出来るのか。
⑨アメリカ・ファーストは行き過ぎ。
2020年9月18日金曜日
9月中旬に起きた電気系統トラブル
闇のトンネルを抜けるとバラ色の世界が拡がった。
8月8日、酷暑の真っ最中に我が家はブラックアウト。東電に依頼する前に、近所の電気屋さんに急遽来てもらったところ、書斎と外の配電が漏電しているとのこと。とりあえず、処置して貰ってホットする間もなく、2日後に又停電騒ぎ。東電に来てもらった所、エアコンが原因であることが判明。ホームステイしていた夢那さんを送り出した後、即、K'sデンキへ。ダイキンのエアコンを即決購入して我が家に配達されたのが5日後の15日。子供達の家族が12日に盆休みでやってくるというのに、この暑さの中、エアコン無しで凌ぐしかなかった。エアコン専用のブレーカーを下ろしたまま、扇風機だけで、みんな、よく、耐えてくれた。新しいエアコンが到着してからは実に快適であったが、1か月後に二階の電気が全部アウト。テレビも受信できていないという表示。そのうち、一階と台所の電気は問題無いのに、冷蔵庫がアウト。そして、炊飯器、電子レンジ、オーブンもアウト。完全におかしくなったのが9月13日の日曜日。近所のいつもの電気屋さんに来てもらったが、どこが原因か不明で、結局東電に連絡したところ、日曜日にもかかわらず、夜9時頃、クレーン車で二人が到着。様子から、外の電線の接続に問題があるのではないかと思われたらしい。要は、電圧が不安定で電気が流れたり止まったりを繰り返していたよう。暗い中で、工事車の首を高く上げて高い所にある電線をチェック。接続が古いことからネジが緩んでいた由。100ボルトと200ボルトの2本の電線を使っていて、その接続を修理してもらった結果、何もかも作動し始めた。こんなに、暗い世界が一挙に明るくなって感謝感激であった。専門家の知識と技術には本当に脱帽であった。担当者も誠実で誠意が溢れ、地獄から脱却して天にも昇る気持ちになった夜であった。
2020年9月2日水曜日
日光清風塾第83回講話会 8月30日(日)
「新型コロナウイルスの拡大防止と国際協力について議論しよう」
コロナ禍が続く中、7月に続いて三蜜を避け、マスク着用、消毒、検温を徹底しながら講話会を開催。2日前には安倍総理の突然の辞任表明があったばかりで、その話も気になるが、今回はテーマに沿っての講話、議論で2時間が過ぎてしまった。
2日前の安部総理の突然の辞任発表に触れる。コロナ対策において政府の方針と専門家会議とのギャップが表面化。経済活動への政府の思惑が内部にあったことから、コロナの第二波が予想以上に深刻な状況にあることが問題。
コロナは世界的に動かないと日本の活動も始まらない。WHOの役割は重大。
参加者からの指摘。
①
日本の三蜜対策、マスク着用、手洗い、清潔保持が優れた点をWHOは世界に発信すべき。
②
情報の共有化。データー、資料をWHOが一元化して世界に開示すべき。
③
WHOへの拠出金に左右されないこと。裏工作は禁止。(テドロス事務局長と中国の関係を念頭に)
〇コロナにより、社会構造が変化し、ネット中心の家庭内での動きに。家庭内で起こらなかったことが今は平然と起こっている。非常態が常態化している。コンピューターへの対処の仕方が問われる。28日のコロナ感染状況を見ると、アジア周辺、特にインドが増加傾向。貧困者が多いことが増え続ける要因に。世界全体の感染者数、約2200百万。志望者数83万。(日本は65000人、死者数1280)総理の感染症の運用見直しの発表(辞任発表時)。知事からは強制力のある法律改正志向あり。ワクチン開発には期待されつつも、検証に時間がかかることを念頭に置くべき。中国は速攻で開発を達成している。
〇20世紀初めのパンデミック、スペイン風は、数値的にはコロナより上回っているが、自然に消えた。コロナも自然に収まるのではないかという意見も出席者から出た。(Oさん)
〇コロナの病気事態の説明が分かりにくい中、上久保教授の説明は説得力ある。日本は免疫的に欧米のようには感染しない。ウイルスが変異することには要注意。ウイルス研究についてのデーターは個人的に調べれば入手出来るという。健康な人は普通のインフルエンザと同じように対処して良い。マスコミの煽り過ぎではないか。一般の高齢者の死亡平均年齢とコロナで死亡した高齢者の平均年齢は余り違いが無い。(Kさん)
〇後遺症の問題。感染後の生活が難しい。高齢者にとっては特に深刻。(Sさん)
〇Go to campaignに賛成。(Sさん)ウイルスと共存しながら経済活動とウイルス対策のバランスが重要。自治体が出来ることをやるべき。国と自治体との権力関係についての議論。国は統一的施策をとりながら、地方自治体に判断させる。
〇正確な知識の共有。感染者と陽性者の区別。正確な内容の事実説明が必要。発表される数字に信頼性があるのか。保健所は正確な数字が出せない状況だと言っている。
今回の件で日本が弱体化していることが露呈された。対応できる状況になっていない。行政能力、IT技術の活用の遅れなど。パンデミックは今後も繰り返されるだろうから体制の強化が課題。
〇WHOの問題。第8代事務局長テドロスの4代前の事務局長が日本人中島氏(1988~1998。二期目の選挙戦を担当した話・・報道の在り方に言及)第7代、マーガレット・チャン女史(香港)と戦ったのが専門家会議議長の尾身氏。エチオピアは中国から多大の援助を享受。テドロス氏はエチオピア人。台湾の迅速なコロナ対策の成功、優れた厚生大臣。世界の台湾への注目。12月の時点で武漢に発症したウイルス問題をWHOに警告したが無視された。台湾はオブザーバーとしてもWHO会議に参加出来ない。アメリカは台湾を支持。中国は強く反発。WHOは加盟国の拠出金より寄付金を多く得ている。ひも付き寄付金(目的を限定)→利益に結び付く。お金で動く組織と言える。
WHO(1948年設立)の前身はヨーロッパ保健機構(20世紀初めに設立)。1980年天然痘撲滅貢献。
パンデミックには国際協力が必須。G7からの改革案。11月のWHO総会を注視する必要がある。
2020年8月20日木曜日
2020年の盆休み(8月12日~17日) Bon festival holidays in August 2020
2020年お盆休みはコロナ禍と酷暑の中、特別なものになった。
2020年8月7日金曜日
2020年8月6日 冬場のスキー場のハンターマウンテンは夏場は百合園に。Lily Park on the Mt.Hunter
2020年8月2日日曜日
梅雨明けの日(8月1日)に小丸山登頂
8月1日 関東地方に例年より約1週間遅れの梅雨明け宣言がなされた。毎日雨に見舞われた今年の梅雨は湿度100%という不快感極まりないものであった。今度は暑さとの戦い、しかも、コロナウイルス感染の拡大が続く中である。この夏休みは子供も大人もっ大変厳しいものになりそう。
2020年7月29日水曜日
7月26日 第82回日光清風塾講話会「新型コロナ後の世界について議論しよう」要旨
2020年7月18日土曜日
九州への段ボール
7月に入って長く続いた豪雨により、大被害、大惨事を蒙った九州から、友達経由で泥落としに使う古いタオルが欲しいという要望が届いたのが昨朝。早急に日光清風塾EECCのクラスメンバーにラインでSOS発信したところクラスに大量のタオル類が持ち込まれました。自宅に持ち帰りこの通り、大小のダンボール箱に詰めて夕方発送完了。何もお手伝い出来ないまま、報道を通して心を痛めていた所に、このチャネルを知り、少しでもお役に立てることが出来てホッとしました。泥落とし作業の大変さは想像を絶するものがあります。くれぐれもお大事に作業が進む事を祈っています。
2020年7月3日金曜日
6月27日 恒例のWFWP主催日本語弁論大会決行
2020年6月23日火曜日
SEAkers Connect:Webiner ASEAN Bound
The speaker in the center on the top line surrounded
by the audience having about 50 including me
|
The speaker's first meeting with the former Secretary
General of the United Nations, Mr U Thant back in 1966
|
2020年5月23日土曜日
武漢都市封鎖 76日間の市民の記録(郭晶)NHKBS1放送(5月23日)
そんな中、先ほど、NHKBS放送で貴重な番組を見た。
中国湖北省武漢市(人口1200万)に端を発し、ヨーロッパ、アジア、アメリカ、南米、インド、と世界中に広がって行ったが、その武漢市が都市封鎖された21日から解除された4月8日までの76日間を日記にして、インターネットに流し続けた若い女性、郭晶さんによる記録ある。昨年末、12月30日、既に、李文亮医師が新型ウイルスを発見警告していたにもかかわらず、中国政府から犯罪人扱いされ、しかも、新型ウイルスの登場が判明して都市封鎖が決行される前に、彼自身が感染して死去するという痛ましい事実を背景に、彼女の憤り、恐怖が76日間に亘って、ネットで妨害されながらも、使命感を持って現状、事実が発信し続られた。その後、本になって脚光を浴びているが、彼女の勇気ある実行力を称えた番組となっている。彼女の声が発信されたおかげで、市民がコロナを認識するようになったと言っても過言ではないだろう。北京では故事FMを立ち上げた男性がいたこともこの番組で描いている。中国のように統制が厳しい中にあっても、真実を伝えて、一人一人がどのように考えるかを問いかける人が必ずいるということ、人権の大切さを訴える人がいるということ、民主主義の重要性を問う番組となっている。
2020年5月20日水曜日
緊急事態宣言が出されて、自粛生活の中で得た貴重な経験
4月7日にCOVID19緊急事態宣言が日本全土発出されて以来、インターネット上ではいろいろなアイディアが提供されてきました。その中で、「7日間ブックカバーチャレンジ」というのに参加したのは正解でした。友人からバトンを受け、7日間、毎日1冊本を紹介しながら、別の友人にバトンを渡して行くというもの。本の方は今までの印象に残ったものを紹介するので、問題は無かったが、私の場合、バトンを受けてくれる人探しが難航し、結局、後半は、バトンは自分が持ったまま走り抜けてしまいました。ランナーの仲間の方から、昨晩、身に余るコメントをいただきました。嬉しい気持ちを留めておきたくて、下に、コピーさせていただきました。 河合 慶子様よりバトンをお預かりした「7日間ブックカバーチャレンジ」
のご主人は外交官として世界を舞台にご活躍されてました。そんな河合家に迎えられたグリーンアイ・バランス良い三毛模様・白ソックスの美猫ミーちゃんの20年間に渡る生涯の軌跡を、河合さんが三毛子ちゃん視点で時系列に沿って描かれています。文中にて「別れては会い、又別れる。河合家はずっとこれを繰り返して行くのだろうか。ずっと一緒にいられたらいいのに。でも、おとうさんが外交官なのだからお国のための仕事をずっとやっていかなくてはいけない。河合家より先に、お国がある。」と記されているように、ミーちゃんが河合家の一員になってからもニューヨーク国連日本政府代表部、大使としてブルネイ日本大使館・ノルウェー日本大使館でのお仕事を歴任され奥様も外交官夫人としてご主人を支えられ又外国からの研修員の為のコーディネーターのお仕事など、御夫妻共に公私に渡ってたいへん多忙な時期であったもようです。それに伴いミーちゃんの住処も東京の自宅からニューヨーク・東京・大阪・東京を経て終の住処となる日光へと移ります。ニューヨークではいつもリビングの窓の桟に座ってマンハッタンのセカンドアベニューを見下ろす優雅な日々から、東京の自宅では長らくポツンとお留守番の日々を送る生活まで読み進める内に、ミーちゃんて何て順応性が高いんだろう。そして非常に賢くて逞しい猫ちゃんであることに驚かされます。同じミーちゃんでありながら我儘一杯で大威張りの我が家のみかんにも見習って欲しい(笑)そんなミーちゃんはきっと河合家に出逢うべくして生まれてきた子に違いないとさえ思えてきます。もちろんお留守番の最中にも息子さんや娘さん達が交代で世話をしに訪れていたり一時帰国されたご夫妻にも存分に甘えたりと河合家の皆様に愛され大切にされてきたからこそだということが、河合さんのミーちゃんへの行間からも溢れ出す程の愛情の深さがうかがえる文章にて読み手にも伝わってまいります。ご主人が退官されて暫くしてからご夫妻は日光にお住まいを移され、ミーちゃんも一緒に6年間のどかな自然に恵まれた暮らしを満喫する日々のある日。後8日で二十歳の誕生日を迎えようとしていたミーちゃんは、ふと外へ出て雑木林の向こうへ出掛けたまま戻ることはなく…この時の河合さんの心中を慮るとこちらまで胸が苦しくなってきます。私自身も今まで幾度となく愛するペットを失くしてきましたので、その喪失感と悲しみの大きさは察するに余りあります。何度もミーちゃんの名を呼び平素の行動範囲を巡っては探し続け、同時に今までのミーちゃんとの絆の糸を手繰り寄せて茫然とし。本当に切なく辛い日々を過ごされたことでしょう。しかし河合さんの凄い所は、こうして文章にてミーちゃんの折々の細やかな心理描写を表現することによってミーちゃんの20年間の幸せな日々を鮮やかに蘇らせたことです。あとがきには河合さんからとミーちゃん双方からの「ありがとう」の感謝の言葉で締められていますこちらの本を開くたびに、文明の香の洗礼を受けた“孤高の傍観者”である(河合さん 談)ミーちゃんは、今も森の奥で小鳥の歌声を聴きながら大きな木の新緑でフカフカのベッドに寝そべって自由を謳歌しつつ「ニャーオ!ゴロゴロ」と、いつもの返事をしてくれるような気がします
2020年5月17日日曜日
ワーグナー・ナンドールアートギャラリー訪問
5月15日、益子にあるワーグナー.ナンドール美術館に夫と一緒に行ってきました。春季オープンの最終日に行けて最高の思い出が又出来ました。お元気な千代夫人にお会い出来た上に、先日、「7日ブックカバーチャレンジ」のランナーの一人としてご紹介した本、「ドナウの叫び」を書き下ろされた下村徹氏(下村湖人のご子息、1930年〜)ご夫妻に初めてお会いしました。大変光栄でした。宇都宮に在住で、夫人は声楽家で今でもコンサートをやっておられる由。新緑の美しい美術館の庭を再度歩いて来ました。そして帰路、やはり益子の陶芸家、成良仁夫人(夫人も陶芸作家)の由記子さん宅を訪れ、コロナ騒動で自粛中の話を美味しい紅茶とホームメイドのマーマレイドをいただきながら、あれこれおしゃべりしてとても楽しい午後の一時を過ごして来ました。道中の田園風景は新緑の田植えが終わった田んぼのオンパレードで、とても清々しい眺めでした。
第11回 義母を偲ぶ会 (5月17日)
2020年5月14日木曜日
COVID19対策の緊急事態宣言の中でのSNS上ゲーム「7日間ブックカバーチャレンジ」に参加して
1日目は鮫島純子著「何があってもありがとう」、2日目は川端康成著「美の存在と発見」、3日目は下村徹著「ドナウの叫び」、4日目は細川珠生著「私の先祖 明智光秀」、5日目は岸恵子著「私のパリ 私のフランス」、6日目は佐藤勝宏著「晩霞」、そして最後の7日目が月見よし子著「源氏物語原文分解分類法」
2020年5月8日金曜日
COVID19感染拡大の真っ只中、SNSはStay home対策で賑わっている。
この類のチャレンジが今、この自粛生活環境の中で、流行っているらしい。Facebookでのこの「7日間ブックカバーチャレンジ」は、殆どの人が本に親しもうとしている心理を良くとらえた企画だと思う。が、規則的に物事をやるということは、意外に不自由を感じたりもする。知り合いから紹介された本をメモっておいて、面白そうなのから読んでみようという気にもなる。さあ、次の準備を!
2020年4月28日火曜日
COVID19 その後の経過 4月27日(日)
そんな時、早々と息子から母の日のプレゼントの問い合わせが来た。新聞で紹介されていた本、「感染症の世界史」を希望したところ、アマゾンから単行本が届いた。石弘之氏著。平成30年1月25日初版で、令和2年4月10日が第8版となっている。このタイミングでこの内容の重厚な本を手にして、人類と微生物との戦いの凄さを改めて知る思いである。裏表紙にこう書かれている。
「地上最強の地位に上り詰めた人類にとって、感染症の原因である微生物は、ほぼっ唯一の天敵だ。医学や公衆衛生の発達した現代においても、日本では毎冬インフルエンザが大流行し、世界ではエボラ出血熱やデング熱が人類の生命を脅かしている。人が病気と必死で闘うように、彼らも又薬剤に対する耐性お獲得し、強い毒性を持つなど進化を遂げてきたのだ。40憶年の地球環境の視点から、人類と対峙し続ける館感染症の正体を探る。」
私達老夫婦は、この危険な時期を幸いなことに恵まれた自然環境の中で凌いでいる。子供達、孫たちとの行き来をストップし、友人知人との交流も控える中で、庭仕事、家庭菜園が外の空気を吸わせてくれる。むしろ、例年より、大々的にやり始めて、かえって忙しくしているところがある。しかし、人との交流が不自由というのはやはりストレスがたまる。厳しい生活の向こうには、明るい道が開かれる筈である。もう少しの辛抱だ。
左のネットはアメリカンチェリーをサルから守るためのネット
右はベジハウス(グリーンハウス)
|
インゲン豆、さやえんどう、トマトなど |
2020年4月13日月曜日
COVID19 予期しなかった長い春休み Long spring recess nobody can predict when it'll finish
いざ、実生活に目をやると、今までまだ現役の頃は、いつか何とかなるという思いになるのが殆どの場合であったが、今回は一寸違う感じがする。ネットが広がり、情報が膨大になって惑わされてしまう。情報を瞬時に知ることが出来るのはありがたいが、その先どうする?となると、自分の判断ではとうてい及ばないところに世界は向かっているように思えてくる。今出来ることをと思いつつも、孫たちの未来はどういう世界になっているかと想像すると不安になる。その孫たちは、今、学校閉鎖状態で2月下旬からずっと自宅滞在。桜の美しい季節の中での卒業式、入学式などという心弾む行事は自粛され、子供たちの弾む声は聞こえてこない。中二に進級する孫が二人、小二に進級する孫が三人、そして、年長さんになる孫が一人。ラインに映像で様子が届くものの、実際に往来出来ないのが今の状況である。そんな中、夫々、工夫してこの不自由な状況を乗り越えようとしている様子を届けてくれるのが嬉しく、彼らにエールを送り、私達老夫婦も庭に主人が5年程前に植えたソメイヨシノの可憐な美しさを愛でて二人ぽっちのピクニックをしたりして頑張っている様子を届けて安心してもらっている。
昨日テレビで、竹内まりやの特別番組を見た。彼女の「命のうた」が話題になっている。私も改めて聴くと、心に深く響き、何か、ホッとしてくる。生まれるべくして生まれた歌であり、人間の原点にやさしく戻れるような気がしてくる歌である。
2020年3月25日水曜日
政府による2月中旬のCOVID19による小中高一斉休校要請から長い長い春休みに突入
今回のウイルス問題は家族が最後の受け皿にされたことになる。不安をかかえて一緒に時を刻むしかない。不安が正常な状態であり、その我慢のエネルギーを安全な方向に向けて行くだけである。不安や愚痴を共有して、ただひたすらお喋りすることで心が救われる気がする。新型コロナウイルスがもたらしたものは家族が危機状態に置かれて、いつもより触れ合う時間が多くなった分、絆が一層深まっていくことではないだろうか。