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2012年6月3日日曜日

三毛子 (24)

三毛子(24)

朝がきてあたりは明るくなり、階下では人の足音など、生活の音がスタートし始めていた。夕べは、いつもと違う場所にいたために、余り寝ていない。いつもの騒音の中でかえって神経がゆるめられ、眠気をもようして来たのでしばらくそのまま寝ることにした

 突然人の足音がすぐ近くにあった。

「あれ!ミーちゃん、ここに居たの!」 

「・・・・・・」

「ずうっと探していたのよ!何でこんなところに来ちゃったの?」

「・・・・・・」何も言えないわたしだった。

「ほら、こちらにおいで!」とその人が叫ぶ。その人は鉄柵の中に入れないでいる。わたしはその人が誰か知らない人に見えて、警戒して近寄らないでいた。するとその人は一度その場を去り、四、五分して戻って来た。今度はコウモリ傘を持っている。何をするかと思ったら鉄柵のすき間にその傘の柄をわたしに向けてきた。傘の柄が私の首をつかまえ、わたしをぐいぐい引き寄せる。敏捷なはずのわたしなのに、何故か、吸い込まれるように鉄柵の方に引き寄せられていった。その人は鉄柵のすき間とすき間にそれぞれ手を通し、わたしを捕まえようとする。違ったすき間から二本の手が来るので、わたしを捕まえてもわたしは鉄柵から抜け出られない。その人はあせっていたが、すぐそのバカげたやり方に気が付いて、二本の手をむりやり狭いすき間に一緒に伸ばし、何とかわたしをつかみ直してわたしを引きずり出した。わたしは、身の危険を感じて、必死で抵抗し、その人の手や腕をひっかき、赤い液体が滲み出るくらいもがいてしまった。

 その人は無我夢中でわたしを捉え、傘も一緒に身動きできないくらいしっかり抱いて半階段を降りた。そして八○四号室へ。ドアの中に入って、初めて、わたしはそこがなじみの所であることに気が付いた。自分でもわからない。その人はおかあさんであるのに何故、抵抗したのか。置き去りにされたことにすねたわけでもなく、あの鉄柵のところに何故ずっと居すわっていたのか、探しに来てくれた人がおかあさんなのに何故喜んで懐に飛び込まなかったのか。おかあさんにとっても、わたしがあそこまで不可解な反応を示したのか理解できず、悲しい思いをしたに違いない。「ミーちゃんは飼い主を何だと思っているの?」と、バカなのか、冷たいのか、異常なのか、やはり、畜生は畜生と思いやりとか、やさしさとかいった愛情とは無縁な生き物としか思えなくなったかも知れない。わたしにもわからない。既に、八歳ぐらいにはなっていたからちゃんとした成人である。

このまる二日の失踪事件以来、わたしは外廊下に出ることは無かった。中のベランダで外の空気を吸うので充分ということになってしまった。おかあさんには悪いことをしてしまったと少しずつ後で反省し始めていた。あの時、おかあさんはわたしの鋭い爪でひっかかれた傷の処置に病院まで行っていた。それでもおかあさんはわたしの世話をし、あいかわらず可愛がってくれた。

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