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2016年11月29日火曜日

11月29日(火)
最近自分を見つめる時間が多くなった。それも、年が余りかわらない、義姉が突然病魔におそわれてからである。毎日祈りながら小さな鶴を折り始めている。そこで、このブログ、いつスタートしたのかが気になり、アーカイブを辿ってみたら、2010年5月4日であることがわかった。読み返してみるのもなかなか刺激がありそう。ドキドキ、ワクワクすることもあり、結構よくまめに綴ったものと嬉しさも込み上げてくる。本当にネット上にきちんと、整理されて残っているということに改めて感謝してします。感謝しつつ綴っていてこその感謝である。
以下が私のブログのいわば前文見たいなもの。

2010年、5月4日
【かつてよりブログなるものをいつか作成しようと思いつつ、時期を逸していたところPCの達人である娘婿の助けを得て出発進行することが出来た。孫達と行動を共にしていると見学先のシニア料金が目につくようになり、シニアライフが気になってくる。日々の雑感を少し綴って見ようと思う。
 五月のGWは恒例の孫達家族が私達のところにやってきて、可愛い成長ぶりを見せてくれる。数か月振りで一緒にいるとその成長には驚くばかりである。 】

2016年11月28日月曜日

紅葉狩りへの遊行 Autumn colors hunting in Nanjing

11月27日(日)
昨日紅葉狩りに出かけた時の写真を満載。このキャンパスを朝8時に宿舎をスタート。一年生三人と一緒に、3時間かけて辿り着いたのが南京市の北郊外にある栖霞山というところ。紅葉狩りには早いのか遅いのかわからない紅葉風景でしたが、第16回目という紅葉祭りをたまたまやっていて物凄人出でした。儒教が布教する前に建てられたというでっかい栖霞寺の威風堂々とした佇まいと仏像(羅漢)を拝んで、境内の空いているところで、持参したサンドウイッチで腹ごしらえをして、山登り。石段が続く坂道をヒールの高い、格好の良い靴を履いた若い人達の多い事。2時間の片道。頂上からは揚子江の河口が一望できました。ベイブリッジ風のモダンな橋が第一、第二、第三と三つはある由。スケールが違います。最高のお天気の筈でしたが、生憎の霧なのか、スモッグなのか、景観がはっきり見えないのが至極残念でした。驚いたのは、公衆トイレが進歩し、ゴミへの意識が以前とは雲泥の差であったこと。この人出を見ても、中国が大変豊かになってきているのを実感しました。
今日の行程:宿舎⇒バス停⇒バス...で地下鉄駅へ⇒地下鉄で経天路駅(北の郊外へのターミナルで、このあたりは南京大学の新しいアンダーグラデュエートのキャンパで大開発された地域。)更に、ここからのバスが大変。みんな初めて来るところで、学生達が一生懸命、携帯でバスの番号と乗り場を探す。何とか乗れたものの、超満員。しかし、ここでも、私達を見ると、すぐ席を譲ってくれました。⇒栖霞寺のバス停に降りてからが長い距離を歩くことに。お寺に辿り着いたのが12時頃。お寺の見学と昼食をはさんで、更に、石段を約2時間かけて登ることに。片道だけでかなりの運動量。脚が攣りそうになって、主人は、例の塗り薬(実はタイガーバームは持参していました!)を。久しぶりで、脚が固くなりました。道中は、学生達と中国語、日本語のやりとりで、お互いに勉強!ということで、今日は、2か月分の運動を一挙にやって来ました。紅葉は、時期の関係か日光には及びませんでした。が、若い学生達と一緒に歩いて、おしゃべりして、乗って、登って、食べて、非常に有意義な一日となりました。宿舎に戻ったのが8時前でした。

2016年11月26日土曜日

4 年前の今日

11月26日(土)2016
Facebookに4年前の投稿が出ていて思わずこちらにもコピーしました。多分、4年前のブログにも書いたかもしれません。Facebookは過去の記録を几帳面に思い出させてくれるのでありがたいです。

4年前になってしまいました。あの時のエネルギーが今ではなつかしいですね。あれから第二、第三の人生が続いている筈。回顧録となると前向きというより後ろ向きの響きが強いので・・それこそ先日あるご住職がテレビに出られて説いておられたように、「七走一座」の時ととらえて、柳は緑、花は紅、じっくり客観的に進みたいかな。
That energy those days four years ago is dear to me now. Since then we have been in the second or even in the third life doing some activities for the sake of society and ourselves to some extent. It's still too early to look back whole my life. I should sit sometime to look at the nature more and should be trained to find a prospective future.

2016年11月23日水曜日


11月23日(水)

そろそろこのSNSも賞味期限が近づいてきました。期限切れになったら又格闘です。出来るだけ投稿しておきたいところです。

朝一番のニュースは南京にも初雪が。でもぼた雪ですぐ、ビショビショ状態に。ただ、木々を中心に、世界が平等になる瞬間はとても平和な気分になれます。今日の2年生の授業の休憩時間にでも、童謡「雪」の歌詞を解釈して、日本の風景を理解してもらおうと思い付き、USBに歌詞と写真を保存。一緒に歌おうと思います。
I'm afraid of SNS on my PC which might be off because of expiring the open date soon.
One hot news today here : We got the first snow this year as in some areas in Japan. Looks so peaceful far in the landscape so far. But the snow melt right away and already very wet down on the road. Taking this opportunity, I just prepared te lyrics of the song "Yuki, snow", a children's song, to let them (the sophomore students) sing together and feel more comfortable about Japanese language and culture.

11月22日(火)
先日、新街口で孫さんにお会いして、今時中国の話で、日本の人気シリーズドラマ「深夜食堂」が中国で大人気というか、影響を受けて深夜食堂まがいのレストランが沢山出て競争しているということを投稿しましたが、パソコンでそのドラマが見つかりました。今日は一気に10話見てしまいました。マスターの寡黙だけど、信頼感と愛情がにじみ出ているpersonalityと、常連さん達+その都度の主人公が織りなす小さい場末の食堂での人間模様にすっかり魅せられて嵌り、感動しました。NHKの朝一にもマスターが登場していて二度感動。パソコンでこんなにドラマを見たのは初めてです。
My PC turned to be a special theater today thanks to Mme Son who gave me an information about the popular Japanese TV drama "Shinya Shokudo, meaning a restaurant opened from mid-night to 7:00 which I wrote about in my last post. Superb! I enjoyed it very much. After my class today, I just kept watching this drama until late at night! Oh, No! No Chinese study today!
   









2016年11月20日日曜日

南京市中心街へ Shinjiekou - Center of Nanjing city

11月19日(土)
 先週に続いて今日も東京なら銀座とでも言えそうな中心街、新街口へ。春にもお会いした孫さん母息子が三澤先生を紹介して下さいました。北京大使館を最後に退職後、すでに6年もこちらの大学で日本語の指導をしておられる由。やはり、第二の人生を先生として活躍しておられることに心強く思いました。孫さんは、母も息子さんも(高校三年生)日本語が流暢で久しぶりに日本語で一杯お話が出来ました。このレストランは息子の呉君がお勧めの所で、友達などが誕生会などで使うんだそう。こちらでは若者同士の繋がりは日本より濃い感じがします。呉君は南京大学を目指す優秀な学生。日本語のN1ももう取っていて、ピアノもやっています。日本の「深夜食堂」というドラマがこちらでは大変な人気で、このレストラン街にも看板があって、まねをして時間限定で営業を深夜もやっているところが沢山ありました。情報が世界をすぐ飛び交う時代にあって、それだけ競争も激しいようです。
 This weekend again we went out to the center of Nanjing city to meet our Chinese friends who introduced us their Japanese friend who has been teaching Japanese for six years at several universities in Nanjing after his retirement. We had an enjoyable and useful conversation over lunch together The boy, a third grader of the prestigeous senior-high school, also manages Japanese like his mother. So we all talked in Japanese.We also enjoyed looking around the busy shopping arcade and streets lined up with many shops.

2016年11月18日金曜日

こんなこともやってる! Our activity is expanding into such a field which is not our speciality.

11月17日(木)

11月28日に上海の日本総領事館から総領事をお迎えしてキャンパスで講演会が催うされます。その時、日本語の歌が好きな学生による日本語歌のコンテストが企画され、そのエントリーでコーラス部の学生達が日本語の「旅愁」を日本語と中国語(メロディーは同じですが、内容は少し違っています。日本語では故郷を思う歌詞ですが中国語では友を送る内容の歌詞です。でも、どちらもフィーリングは同じようなものです。)で歌うことになっていてその練習を週一回ペースで夜7時から練習しています。コンテスト自体は独唱あるいはドュエットですが、20人近くエントリーしているそうです。今日、その予選会があります。今や、楽器での伴奏は無用で、携帯から歌を出し、カラオケにしてマイクを使って手軽にやれる時代になっています!
On the occasion of the visit of the Consul general of Japan in Shanhai, the department of Japanese language in this university is planning to have a contest of singing Japanese songs in Japanese. In order to up-surge the event, the choir group will sing in the beginning the famous song "Ryoshu"(I miss my native village) in both Japanese and Chinese. This photo shows how they are practicing.

2016年11月15日火曜日

我が家周辺の秋は今が酣 Full of autumn colors covering our premise now

11月15日(火)

今日は七五三の日。奥日光が終わって日光入り口あたりが今紅葉の真っ盛りだという。一年、丹精に、心を込めて手入れして来た我が家の庭続きの雑木林の紅葉が、今年は南京にいて見られないのが残念という夫に、ドローンの仕業か、人知れずシャッターを切って、一杯撮った写真がメールで届きました。ありがたいことです。
In human society in Japan, today is a celebration day for the children becoming 7, 5 and 3 years old, while out in the nature it's time to enjoy full autumn colors in the front Nikko where our house is located. Taking whole one year, my husband had devoted himself to take care of the woods beyond our back yard and he misses them which might be covered with gorgeous red and yellow colors now. A telepathy or direct communication from mind to mind is really working.



Many beautiful photos of them just arrived
thanks to modern tecnology. Thanks a lot!

2016年11月11日金曜日

苦あれば楽あり Where there is a trouble, there is a joy!


11月10日()

南京の飛行場で大事なパソコンを入れた手荷物を積み残して、宿舎についてから初めて気が付くという大失態で始まった今回の南京滞在ですが、10日経って、今度は主人が杭州に行って留守の間に、部屋の電気系統がアウトになるというトラブルに見舞われて、これまた、失態ではないものの、言葉の壁にぶつかって大変な目に遭いました。「アウアウ・・チンプトン」手も足も出ない達磨状態とはこのこと。ただ、事の成り行きを想像にまかせて対処して、何とか、地獄から這い上がったという感じでした。

授業が済み、昼食を済ませて部屋に戻ると、部屋ではアクセスできるi-phoneがアウト。電気をつけようとしてもつかない。テレビは?冷蔵庫は?全部ダメ。これは電気の元栓がやられていると判断して管理人の所に行き、何とか問題を伝えようとしても、通じない。身振り手振りで何とかわかってもらって技師を呼んでくれたのはいいが、彼もワーワー大声で中国語を叫ぶ感じで、一層チンプトン。まあ何とかなるだろうと彼に部屋に来てもらって見て貰うと、電源のスイッチ版を指して、下に降りているスイッチを上に上げると確かに電気は付いた。しかし、何故か、冷蔵庫、テレビ、エアコン、電熱器はダメ。プラグを全部外して、いろいろ点検しているうちに、延長コードの一つをいじくって、決定的にショートしてしまった。このコードがそもそもの原因だったことに密かに納得。というのも来た当初、パソコンのコードを差し込んだ時、火花が出て、一瞬パソコンがアウトになったかと思ったことがある。でもそれはその時だけでおさまった。今思うと、ドライヤーを差し込んだ時も火花が出ていたのだから、その時に要注意すべきでした。呑気と言えば呑気な話。結局、技師がスイッチ版の部品を取り換えてくれて、「あの延長コードは絶対使うな!」とジェスチャーで教えられ、別のコードに取り換えて事なきを得ました。すると、私の部屋のエアこんが作動しない。彼は、差し込みを点検していたが、これはエアコンが壊れていると言い、二人で又、管理人の所に行って報告。この寒い時期にエアコン無しで困ると思い、それでもリモコンの電池をいじっていたら、リモコンは動き始めました。電気のことは基本に戻るというのが鉄則。電源を確かめる。電池を確認する。とにかく、アウアウ・・言葉にならない泡を食ったようなコミュニケーションで必死に対処したおかげで現実の生活に戻ることが出来ました。そのご苦労さん賞がその夜降りかかってくるとは。

夜は3年前に夫が立ち上げた交流目的のコーラス部の練習があり、出かけて来ましたが、それに参加したいという先日食堂で会ったばかりの3年生の女子学生との携帯のやりとりがあり、コーラスの後(午後8時半頃)、私達の寮に行っておしゃべりをすることに。彼女はスペイン語専攻で、英語が少し出来るので、もっぱら英語でおしゃべりをすることに。、絹製品で有名な蘇州出身の彼女から手作りの高級絹製品の飾り団扇をプレゼントされました。昼間のハプニングで味わった苦労はすっかりどこかへ飛んで行ってくれました。

本当に人生、いろいろでハプニングもいろいろで、だから面白いのかも知れません。



 11月11日は中国では話では2年前から「独身の日」。キャンパスではゆるキャラが出て、Free hug!キャンペーンをやっていました。くまモンを見付けて寄って行ってハグしてもらいました。楽しいことをするもんですね。

2016年11月5日土曜日

中華料理のシャワー


11月4日()



金曜日は担当の授業が無いかわりに、昼食会と夕食会が  続く羽目になった。その前に、6日()に蘇州で行われる 日本語コンテストに出場する2年生の呉さんのプレゼンテーションの練習に立ち会うことに。3分間スピーチだが、A4一枚の原稿を完璧に覚えこんでいる。こちらの学生は小さい時から暗記力をつけているので、暗記することには抵抗が余り無いように見える。日本語を学び始めて1年と数カ月しか経っていないのに、彼女の発音はやわらかくて、日本語の響きもなめらかなのがいい。内容が大変情緒的で彼女の特性が生かされているので自信を持って臨ん欲しい。南京から蘇州まで高速電車で1時間ちょっとで行けるので日帰りで挑戦してくるとのこと。細身の彼女には大きなエネルギーが秘められていて素晴らしいと思う。

 

 昼食会は学部の幹部、スタッフが総出で私達を歓迎するために構内の中華料理店(一品鴨店)で開催された。何かあると殆どこのレストランが使われるが、次から次と留め止も無く出てくる料理はどれも美味しい。昼間からワインが出されて・・ストップがかけられない状態で「カンペイ!」が続く。私が大好きな烤饭がまず私の前に出されて思わずシャッターを。「慶子先生の好きな烤饭ですよ」と日本語学科の薛先生。これから始まって、次から次へと手を伸ばすことに。日本語が使える先生方は限られているので、中国語が使えない私にとっては何が話されているのか伺い知れず、推測するしかない。早く、中国語を何とかという思いが募る。とにかく、カンペイ!とグラスを持って挨拶に回って合間に食べるという風習を自然に受け止められるようになりたいもの。そして会話に慣れること。私の課題は多難です。

 

 夕食会は、日本に留学中の王君が一時帰国(上海出身)して、わざわざ上海から南京まで私達に会いにやって来てくれました。偶然にも、Facebookに丁度1年前の今日の投稿の記録が登場。王君達が昨年は日光の我が家に来て、わいわい料理を作ってくれて地元の友人も交えて賑わったことがなつかしく思い出されて・・王君も記念すべき日になったと喜んでいました。それにしても、昼間は広東料理、夜は四川料理で甘辛両刀を一日で堪能したつけが・・ダイエットのことを考えると要注意の日となりました。


2016年11月2日水曜日

南京から(1) Report from Nanjing (1)


                            
  先程まで息子の迎えで羽田まで行っていましたが、1時間後には羽田から翌日の成田からの出発に備えて、蘇我の長女の所へ移動。
蘇我ではもうしばらく味わえないだろうからと本マグロ、ぶりのお刺身に、霜降り牛のすき焼きをご馳走になりました。更に、明里ちゃんが幼稚園の芋ほりで掘ったさつまいもが沢山ふかしてありました。残った分は南京まで持ち込んで、今朝も食べたところです。お腹が一杯状態になったため、ケーキは明日(30日)、ということで朝食の時に出されたケーキは何と、バースデーケーキ。10日遅れの誕生日祝いだと、又、ハピーバースデー気分に。今年は2歳一挙に年を重ねたかも。9時過ぎにみんな一緒に成田へ。にぎやかに見送ってもらいました。午後1時の南京行き直行便で予定通り南京に着きました。ここからが私の人生最大の失態経験をすることになるとは。結論から言いますと、「災い転じて福となり」です。



空港で、いろいろ手続きを済ませ、スーツケースを受け取って、検査を通り、出迎えてくれていた学生の姿を見て、再会を喜び、そのまま、大学側から車が来ていて無事にキャンパスまで(約1時間)たどりつき、宿舎の前には1年生の学生まで(実は1年生は担当しないのに、部屋の掃除をしてくれた由)出迎えてくれていて、感激しました。

ところが、ここまできて、私の機内持ち込みのキャリアバッグが無いのに気が付いた事が。??どこからか無意識のうちに、大切なパソコンを入れていた機内持ち込み荷物のことが頭から抜けてしまったよう。プレイバックして、あそこまでは確実にゴロゴロ引いていたということを必死で思い出し、ベルトコンペアで預けた荷物が出てくる所で、大きなスーツケースを無事引き取ってから、次のステップに進む時にどうやら積み残したらしいということがわかってきました。学生が空港に電話して説明しても、らちが明かないので、即、Uターンして再び1時間かけて飛行場へ。半分棺桶に足を突っ込んでいた私の心境を想像して下さい。パソコンが無くては、何も出来ないのです。神様、仏様、皆々様、お願いです。荷物が無事に見つかりますように!!・・・・ 

生き返りました!! 清掃員がちゃんと担当の事務所に届けてくれていたのです。日本ならともかく、ここは中国。確率は低いと奈落の底に本当に落ちた状態でしたが、キャリアバッグを見た時、腰が抜けそうに感謝しました。皆に頭を下げて・・でもこの経験で落ち込むのではなく、一つ学んだことを糧にすると人生は一層実り、楽しくなると思うこと。これは夫の弁。(私の失態を最初は怒っていましたが)。確かにそう思うと気持ちが滅入らなくなります。何も命を落とす話ではないのですから。人生、光がパッと射す時があることを信じることです。



出発前のアセアン10か国駐日大使夫妻を日光に招いての大文化交流イベントのあった10月17日には市川から次女がカメラ持参でイベントに駆けつけてくれました。彼女は家族ぐるみで地元での大きなイベントを企画していて私達が出発する30日は大忙し。このため、一足先に、私達にエールを送りに日光まで来てくれたのでした。17日は夫の誕生日。20日は私の。いろいろ重なった日となりました。彼女達が企画したハロウイーン企画は大変盛況だったようです。



PCに詳しい学生に助けられて使用期間1か月のこのサイトが可能になりました。
              2016年10月31日(月) 11時半 

2016年11月1日火曜日

家族の動き Family's activity


10月29日(土)
飛行機のトラブル続きで一日遅れで帰国した息子は待っていた家族に出迎えられて満面の笑顔。ルクセンブルグでの仕事を無事に終え、再び東京での生活がスタート。1時間ほどして私達は蘇我の長女の所へ移動。そしてその翌日に南京へと発ったのでした。
October 29 (Sat)
Welcome back Nari! He showed up in front of us with such a perfect smiling face after overcoming troubles caused by the air flight. Having finished his task in Luxemburg, he starts his work back in Tokyo. After chatting for only one hour, we went to Chiba to stay one night at our daughter's place and the next day we left for Nanjing from Narita. Now it's our turn to be away from Japan.